社会不適合女とサバイバル5
もしかしたら、低ナトリウムなんとかではなく、熱中症かも知れない。
熱中症でも、塩分が足りないと水をとっても脱水症状をおこすことがあるという。医療に詳しくない葉菜は、どちらが原因なのか、はたまた2つが同じものなのかよく分からない。
わかるのは自分が限りなく死の近くにいるということだけだ。
元の世界なら、スポーツドリンクがある。
病院で点滴を受けることもできる。
勿論塩だってあるし、行き倒れてたら誰かに見つけて貰えるかも知れない。
だが、ここら異世界の――数日間歩き回っても、一度も人間に遭遇したことがないような深い森だ。
助かる要素が思い付かない。
(私は、ここで死ぬのか)
異世界の森で一人ぼっちで消えるのか。
イヤダ
イヤダ
「生き゛…た゛い」
霞んだ視界が浮かんできた涙でさらに滲んだ。塩分がますます流れてしまう。そう思うが止まらなかった。
生きたい。
死にたくない。
(ああ、ここはやっぱり死後の世界なんかではない)
葉菜はトリップ当初の疑惑が、間違っていたことを確信していた。
(死後の世界なら、こんなに死ぬのが怖いはずがない)
死にたいと思ったことはいくらでもある。
死にたいと言ったこともたくさんある。
人生は物語のように甘くも美しくもなく、社会は葉菜のように欠落した人間には厳しい。
生きることは恐怖ばかりだ。
――だけど死ぬ方がずっと怖い。
それは葉菜にとって明白な事実で、だからこそ葉菜は、自殺を試みたことも、リストカットをしてみたこともない。
大学で宗教史を学んだ葉菜は、心の底から死後の世界なんか信じていなかった。
死後の世界は死を恐れる人々の願望だ。
天国や地獄は裁きの基準が曖昧で(生きる社会や個人の主観によって異なる善悪をいったい誰が裁くのか)
前世の記憶は思い込み(暗殺された某大統領の生まれ変わりだと話題になった少年は、二人いた)
幽霊がいるなら、それは焼き付いた残留思念だ(だからこそ、生き霊はあるのだろう)
ハムレットは、シェークスピアは死は眠りと同じだと称したが、脳が機能を停止した時点で人は夢をみない(ハムレットは死んでみる夢が悪夢であることを恐れていた)
死は無だ。
死は喪失。
自分という意識体が、存在が永遠に消え去ること。
葉菜はそれがたまらなく怖かった。




