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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
終章

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檻の中の獣8

「……参ったな」


 一人ごちるようにそう言って、かがみこんだネトリウスに、葉菜は淡い期待を覚える。

 檻の鍵らしきものは、足下の方に着いているのが見える。

 葉菜の必死な様子に、ネトリウスが心動かされて葉菜を解放してくれるのではと、続く行動を待つ。

 しかしネトリウスの手が鍵に触れることはなかった。ネトリウスは片膝をついた状態で檻の隙間から両腕を差し込むと、再び青い炎を纏った手で葉菜の顔を挟みこんで無理矢理上を向かせる。


「今まで、欲しいものなどなかったから初めて知りました…っ…自分かかくも、独占欲が強いのだということをっ…!!…」


 告げられた言葉は抑えきれない激高に震え、ネトリウスの青い瞳はまるで手に纏った炎のように爛々と光っていた。


「貴方様がザクス様の為に、かくも心を注ぐのが、腹立たしくて、腹立たしくて仕方ない…っ!!枯渇人の皇太子なんぞの為に、高貴な貴方様が私に懇願するのなぞ…っ!!」


 憤りからたてられた爪が、葉菜の頬に突き刺さり痛みがはしる。

 しかしネトリウスは憤りのあまり、その事に全く気が付いていないようだ。

 葉菜は自分の行動が、全くの逆効果だったことに気づかされた。


「……貴方様が私の物になると契約にて誓ってさえ頂ければ解放しようと思っていましたが、やめにします。ザクス様が魔力の枯渇で亡くなったうえで、私と契約を結んで下さるまで、私は貴方様をここから出さない」


「なっ…」


「狭量な私をお許し下さい。……貴方様の心にザクス様がいることが許せないのです」


 ネトリウスはせつなげに葉菜を見つめながら、愛撫するかのように指の腹で先程まで爪を立てていた葉菜の頬を、優しく撫でた。


「愛して、いるのです。貴方様を、心から愛している故に、貴方様の心全て欲しいのです。その心が私以外の人間に向けられるのが、許せないのです。どうか分かって下さい」


 ネトリウスの言葉に、葉菜は憤怒で目の前が真っ赤に染まるのを感じた。


(何が愛だっ!!)


「……おっと」


 怒りに任せて頬に添えられた手を噛み千切ろうするも、 ネトリウスは添えた手を離して簡単に葉菜の牙を避けた。

 その軽快な動作が、葉菜の中の怒りを一層煽る。



「魔力、だけ。なのに、よく言う!!」


 魔力しか見ていない男が、魔力を基準でしか人を見れない男が、愛なぞ語るなと葉菜は吠える。

 先程自分が自覚したザクスへの想い。

 葉菜が生まれて初めて、感じた温かく優しい気持ち。

 その気持ちを、ネトリウスが自分へ向ける底の浅い執着心といっしょくたにされるのなぞ、許せない。

 葉菜の中の「愛」を、穢された気分だった。


「…魔力だけ。しかし、私にはそれが全てなのですよ」


 ネトリウスは、そんな葉菜の怒りに、微笑をもってして答えた。


「私にとっては、魔力こそが全てで、魔力に対する思いが『愛』です。貴方様がどんなに私の『愛』を否定し、拒絶しようとも、それが私にとって真実の想いであることは変わらない」


「そんなの、真実、違うっ」


「――真実ですよ」


 葉菜の否定の言葉に、ネトリウスは僅かな揺らぎも見せない。


「それこそか私にとって、真実で、唯一の、絶対的な感情なのです」



 根本的な考え方が、違うのだと思い知らされる。

 葉菜とネトリウスでは、「愛」への考え方が、根本的に違う。いくら葉菜が否定したところで、ネトリウスには届かない。

 いくら話しをしても、それはきっと平行線のままだ。葉菜の「愛」とネトリウスの「愛」は、けして相入れない。


「すぐに理解してくれとは、言いません」


 檻から手を抜いたネトリウスは、ゆっくりと立ち上がる。


「ゆっくり理解して下されば、いいのです。私は焦りません。時間はいくらでもあるのですから」


 その「いくらでもある時間」が、「ザクスが死んだあとの時間」だと気付いた葉菜は、怒りを忘れ、再びザクスを失う恐怖感に襲われる。


「お願い…ネトリウス…だして」


 葉菜の力無い哀願に、ネトリウスは笑みのまま首を横に振った。


「安心して下さい、客人様。この部屋には一定量以上の魔力は制限される呪をかけてあります。貴方様がどんなに怒り狂っても、嘆いても、魔力が暴走して貴方様が滅びることはありません」


「ネトリウスっ!!」


 ネトリウスは檻から背を向けた。


「ゆっくり、ゆっくりで良いのです。ゆっくり、私の物になって下さい。私だけの、神様に」


 歩き出したネトリウスの背に、葉菜は吠える。


「出せっ!!ネトリウス、出せっ!!ここから、出せっ!!」



 ネトリウスは葉菜の叫びに僅かな反応も示さないまま、振り替えることもなく部屋を去っていった。



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