檻の中の獣5
(そうだ、私だってそうだった)
居場所が欲しいが為に、ザクスの存在を求めた。ザクスを利用していた。
一方的に利用されたと、切り捨てられたと嘆くのはあまりに勝手だ。
お互い自分のことばかりで、打算に満ちた契約関係。
望みのものを与えてくれるなら、別にお互いでなくても構わなかった。
なんて薄っぺらな、淋しい関係だったのだろう。
「ザクス様でなくても良い――そう。私でも良いのですよ」
甘い声でネトリウスは囁きながら、小さく自嘲するような笑みを浮かべた。
「客人様は、私の母方の一族のことをご存知ですか?」
唐突に降られた話題に、葉菜は目を円くする。
記憶を遡り、以前ザクスの過去の話を聞いた時にそんな情報か出ていたことを思い出す。
「プラゴド、同じ神、信じている」
「そう――高貴なる魔力を身に纏っている身でありながら、神力などという異端の力を絶対だと仰ぐシュフリスカなんぞを信仰する愚かものどもだ」
ネトリウスの声が低くなり、秀麗な顔立が耐えきれない憤怒で、悪鬼のように歪んだ。
「魔力に恵まれた身であるのにも関わらず、それを穢れた力だと、そんな力がある故に正式にシュフリスカ信者になれぬ自分たちは呪われた存在なのだと嘆く愚かものども!!考えるだに、穢らわしい!!あれらと同じ血が流れていると思うだけで全身の血を抜いてしまいたくなる!!私の魔力全てを持って一人残らず、存在ごと消し去ってやりたい…っ!!」
ぎりと噛み締められた唇からは血が滲んでおり、葉菜を撫でていた手に力が籠る。
その余りの剣幕に思わずたじろいた葉菜の様子に気が付いたネトリウスは、取り繕うようにいつもの笑みを貼り付けた。
「私がかくも魔力を愛していても、私の体に流れる忌まわしい害虫どもの血が、周りにそれを認めさせない。私は魔力を愛するものとして、その事実が許せない……だからこそ、私には貴方様が必要なのですよ」
そう言ってネトリウスは、真っ直ぐに葉菜を見つめた。
「何で、私、必要?」
「シュフリスカは、プラゴドの民の唯一神であり、絶対神です。唯一神は、何処の世界においても嫉妬深く、排他的なものです。自分以外の物を神のごとく信仰するものを許さず、他の信仰を邪教として敵対する。……貴方様が私の傍にいてくれるなら、私は貴方様を神のごとく貴方様を崇拝し、讃えるでしょう。そして、それは私がシェフリスカも神力も信仰していない、何よりの証明になるのです。それが王という立場で、公に行うことならば、なおのこと」
一拍を置いて、ネトリウスの言葉の意味を察した葉菜は唖然と目を見開いた。
「私、神にする、気?」
ネトリウスが浮かべた、無言の笑みは肯定を意味していた。
「――グレアマギの民は、魔力に対する愛が足りない」
ネトリウスは葉菜の方に伸ばしていた手を引いて、その場で立ち上がる。
「私は、プラゴドも神力も虫唾が走るほど嫌いですが、シュフリスカや聖女、神子と言った象徴的存在をうまく活用している点では感心しています。目に見える精霊から直接精霊力を与えられるナトアの信仰は、なおのこと崇拝対象は分かりやすい。ですが、魔力は違います」
そう言ってネトリウスは自身の魔力を確かめるかのように、自身の手のひらを握りしめた。
「魔力は体内に宿る力――目に見えず、由来も余り分かっていない、生命に宿る根源の力です。それ故に魔力は、神力や精霊力のような形で信仰対象として捉えるのは難しいのです。グレアマギの民は、高い魔力を持つ人物を敬っても、魔力自体を崇拝対象にする者は少ないのです。…だからこそ、『象徴』が必要となってくる」
続けられた言葉は、まるで悪魔の誘惑のように、狂気じみた甘さを含んでいた。
「貴方様は、何もしなくても良いのです。ただいるだけ、それだけでも貴方様の存在は価値がある。グレアマギの――否、『私の』神様になってはいただけないでしょうか?客人様」




