檻の中の獣4
ネトリウスから告げられた真実に、葉菜は足元が崩れていくような感覚に見舞われた。
「首輪を外すには互いの口から、再度契約の言葉を交わす必要があります。そのことをザクス様が貴方様に告げなかったということは、すなわちザクス様は貴方様と真の意味で契約を結ぶつもりはなかったということではありませんか?――ザクス様は貴方様を、魔力を持つ傀儡として欲しかっただけ。ならば、仮の契約で十分だと、そう思われたのではありませんか?」
「違うっ!!……ザクスは、ザクスはっ…」
咄嗟に出た反論の言葉は、続けることが出来ないまま、口内に消えていった。
ネトリウスのいうことは、間違っていない。
利害関係。元々はそれだけで結ばれた契約だった。
葉菜が真名の持つ意味を知らなかったが故に結ばれた、一方的で理不尽な契約だった。
なぜ、忘れていたのだろう。
最初からザクスは葉菜を利用する気を隠していなかった。葉菜の利用価値がどのようなものかも明らかにしていた。葉菜を駒として扱った。それが普通だった。
それなのになぜ、自分は結ばれた契約が本物だと勘違いしていたのだろう。
いつの間にかそれが「絆」に代わったかのように、錯覚していたのだろう。
「貴方様は私に浚われた。恐らく聡明なザクス様は、貴方様がいなくなって時点で真っ先にその可能性を疑うでしょう。ですが、ザクス様は貴方様の救出に来ることはもちろん、使者を寄越すことすらしていない。この意味が、貴方様には分かるでしょう。」
ネトリウスが続けた意味は、分かる。
たが、分かりたくなかった。
自分がザクスに切り捨てられたことなんか、分かりたくなかった。
ザクスが葉菜を利用価値があるか否かで見ていたことなど、今さらだった。
今のザクスの状況からして、葉菜を切り捨てるのも仕方ないことだと、頭では理解している。
ザクスは王になるのだ。
王の世界等葉菜にとっては物語の世界の絵空事でしかないが、それでも葉菜のような存在にいちいち振り回されていてはいけない立場であることは分かる。
一人で生きていくことすら、自分ひとりを生かすことですら難しい葉菜自身と、照らし合わせて考えてはいけない。ザクスは何千万もの民を統べる王となり、出来る限り多くの人に幸福を与えられるような行為が求められてくるのだろうとは、何となくわかる。
そんなザクスが、葉菜が攫われた程度の些事で、王位継承という大事な式の手配放り出して、葉菜を案じて救いだそうとするわけが無いことなんて分かりきっていたことだった。
それなのに、葉菜の胸はどうしようもないくらい締め付けられる。
「――可哀想な、客人様」
ネトリウスは、項垂れる葉菜の頭を、そっと撫で上げた。
ザクスの不器用な乱暴な手つきとは違う、優しく労わるような手つき。
それはどこか、以前自分を世話していてくれたジ-フリートの手を思い出させた。
そっと頭の毛を指先で絡み取られる。
心まで一緒に絡みとられそうだった。
「利用されて、捨てられて。それでも健気にザクス様をお慕いになられて。御労しい。…だけど、貴方様はそんな風に傷つくことはないのですよ。」
囁くようにネトリウスが告げた言葉に、葉菜は思わず顔を挙げた。
「そもそも貴方様がザクス様に向ける感情は、勘違いなのですから」
「…勘、違い?」
「ええ。勘違いです」
洗脳するかのように、ネトリウスは甘く優しく、言葉を紡ぐ。
「招かれざる客人様。貴方様は、遠い異世界から来られたのでしょう。何もかもを失って縋るものもない状態で、一人ぼっちで。だからこそ、貴方は結ばされた契約という繋がりに、依存してしまっただけです。自分の居場所を、そこに見出されただけです。――たまたま、淋しい貴方様の前に現れたのがザクス様なだけで」
葉菜は思わず息を飲んだ。
ネトリウスはそんな葉菜の動揺を見逃さず、即座に畳み掛ける。
「ザクス様でなくてもいいのです。居場所を与えてくれる相手なら他にもいます。ザクス様のせいで貴方様がそんなに感情を乱される必要はありません。だけど貴方様は契約を結んだザクス様こそ、唯一の存在だと勘違いをしてしまった。唯一居場所を与えてくれる存在だと思い込んでしまった。そうではありませんか?」




