檻の中の獣1
「――ここは…」
葉菜が目を醒ますと、そこは檻の中だった。
「おはようございます。魔獣様。そしてようこそ我屋敷へ」
檻の外にいたネトリウスが葉菜が目を覚ましたことに気づくなり、ひざまずいて葉菜に向かって恭しく一礼してみせた。
「……レアルは?」
「――お前の後ろだ」
不機嫌そうな声が、すぐ右後ろから聞こえた。
振り向くと、レアルが眉間に皺を寄せてソファに身を投げ出し、億劫そうに寝そべっているのが目に入った。
ネトリウスに気を取られて全く気が付かなかったが、レアルも同じ檻の中に入れられていたらしい。気配に疎い葉菜には全く気づかなかった。
檻といっても、それはけして狭苦しい窮屈な空間ではなかった。天井から四方の壁に至るまで金属製の柵で囲まれているが、広さ自体はワンルームくらたある。かつて葉菜が一人暮らしをしていた1Kのアパートと同じくらいはあるのではないだろうか。
柔らかい敷物やクッション、ソファまで完備されており、ゆるりと寛げる空間になっている。(眼を覚ました葉菜の体の下から、涎でぬれた高そうな驚くほど柔らかいクッションがいくつも出てきた。そのせいか、こんなシチュエーションにも関わらず快適な睡眠だった)
葉菜としては少々屈辱的ではあるが、砂を敷かれた巨大猫用トイレらしきものまである。(葉菜の体では普通のトイレで用を足せるわけないので、後宮でも似たようなものを使っていたから、今更ではあるが。勿論、別の場所で粗相などはしたことがないことをここに明記しておく。名誉の為に。)
レアル用のトイレらしき扉も見える。もしかしたら、風呂にも繋がっているのではないだろうか。
柵さえなければ、通常の生活スペースとさほど変わりはないだろう。
「……かようなところに、高貴な魔力を持つ貴方様達を閉じ込めて申し訳ありません」
ネトリウスは檻の中を外から眺めながら、まるで葉菜やレアルの不便を我が事に感じているかのように、悲痛な声色で謝罪を述べた。
「しかし、戴冠式が終了するまで貴方様方にはここにいて貰わねばなりません。魔力を吸収し、行使を制御する特殊な金属で覆われた、この部屋の中に。貴方様を自由にすれば私たちの本願を達することは非常に困難になりますから」
「…本願?」
思わず発した葉菜の言葉に、ネトリウスは花開かんばかりの輝かしい表情で微笑んだ。
ハッとする程美しい笑みだった。
美しいけど、葉菜はその笑みの中に言い知れぬ禍々しさを感じた。
「十分な魔力を持たぬ『枯渇人』が、この国の王位を継承してしまうという間違いを未然に防ぐことです」
(やっぱり…)
ネトリウスから帰ってきた言葉は、あまりにも予想通りのものだった。
わざわざ戴冠式までまもなくというタイミングで葉菜を攫ったのだ。ザクスの王位継承の妨害以外にはありえないと気付いていた。
そしてそんな葉菜の予想は正しかったようだ。
「…ちょっと待て」
納得する葉菜とは裏腹に、レアルは眉間のしわを一層深くしながら口を開く。
「こいつがあの糞太子の従獣のなのは確かだ。糞太子に害を成そうとする相手がいれば、妨害する可能性はある。糞皇太子が王位に就くのが面白くねぇのなら、こいつを引き離しておいて間違いないだろう。…だが、なんで俺まで攫う必要がある?俺はあいつがどうなろうが、知ったこっちゃねぇぞ」
「…またまた」
ネトリウスはレアルの言葉にくすりと笑いを漏らしながら、大げさに肩を竦めてみせた。
「貴方が皇太子に、妙薬を売り渡しているという報告を受けています。かつての主以外の人間を疎み、関わることそのものを嫌っていた貴方が、自分から。貴方が例え気まぐれだとしても、皇太子の手助けをとすれば、こちらとしては非常に面倒な事態になってしまいます。ならば皇太子と離しておくにこしたことはないでしょう。」
ネトリウスは、真っ青な済んだ瞳で、レアルを真っ直ぐに見据えた。
「貴方はこの世界で唯一『癒しの魔術』を使える『不死鳥』なのですから」




