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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
終章

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次期王の決意

 獣の安否は別に心配していない。

 ネトリウスは魔力の狂信者だ。ネトリウスにとって強大な魔力を持つ獣は、崇め讃えるべき対象。

 傷つけることなぞ、けしてしない。

 出来ない。

 ネトリウスにとって、魔力が高いものを傷つけることは、神を冒涜する行為のようなものなのだから。

 王宮に来て以来の付き合いだ。対して仲が良くないザクスでも、それくらいは分かる。

 置物か何かのように大事に閉じ込めて、我物にするくらいが関の山だろう。


 それよりも、自分が戴冠式に獣を連れていけないデメリットの方が気にかかる。


 獣は、ザクスの立場の証明だった。魔力がない自分でも、魔力を持つ獣を従えることが出来る。そのことを民衆に知らしめる重要な要素だった。

 獣がいない以上、ザクスは戴冠式で民衆にその事実を知らしめることはできない。

 それは「枯渇人」という前代未聞の立場で、王位を継承するザクスにとって、かなりの痛手だった。


 ザクスは内心から溢れあがる不安をかき消すように、イブムの柄を握りしめた。


(――自分は、王になるのだ)


 ただ一人で生きてきたとは言わない。

 リテマや、ウイフ、ダレル、その他の「枯渇人」である使用人たちに支えられて生きてきた自覚はある。

 誰よりも孤独の中を生きてきたとはいわない。それを口にすることが、自分を客観視できない故の愚かな行為だとは分かっている。


 だけど、ザクスは十五年間、常に付き纏う孤独と戦いながら、生きてきた。

 相対的な見識を述べたり、自分よりも恵まれていない人間を見ても、紛らわされることが無いほど、その孤独は深くザクスの中に根付いていた。

 それでいいと思っていた。

 自分は孤独の中、イブムだけを味方に立つのだと、王として孤高の存在になるのだと思っていた。



 一方的な契約から生まれた、利害のみでつながった関係。

 出来るかぎり努めた優しい態度も、全ては幼い精神を持つ獣を懐柔するための打算から生まれたものだった。

 獣はザクスが王になる為の、重要な駒だった。

 それ以上でも、以下でもなかった。

 ない筈だった。



 いつからだろうか。

 ベッドで寄り添う獣の温もりが、当たり前のものになったのは。

 獣と過ごす時間に、楽しみを見出すようになっていたのは。



 誰にも見せたことが無い本心を、それと気づかぬうちに吐露してしまう程、獣に心を許していたのは、いつからだったのだろう。



(愚かなっ…)



 ザクスは唇を強く噛みしめた。食い込んだ歯と唇の間から血が流れ、鉄の味が口内の広がる。

 従うべき存在に心を許し、感情が揺すぶられることなぞ、為政者としてあってはならない姿だ。




 王は、誰かに依存してはいけない。


 誰かに依存し、感情が振り回された結果、公私が分からなくなり国を傾けた先例はいくらでもいる。

 そんな暗君になぞ、ザクスはけしてならない。


(イブムがあれば、自分は獣になんぞ縋らなくても王になれる…)



 ザクスは何もない宙を、鋭い目つきで睨み付ける。


 このタイミングでネトリウスが獣を攫ったということは、ほぼ間違いなく戴冠式でネトリウス派による何らかの妨害が起こる。

 ゴードチスを筆頭にした貴族たちが、ザクスの戴冠式を何らかの形でぶち壊そうと画策しているのだろう。

 自分はその妨害を乗り越えて、王にならなければならない。

 獣のことなぞ気に掛けていられない。


「…まずは神官の宣託を受けなければならないな」


 ザクスは、自分に言い聞かせるように口内で呟くと、席を立った。

 まず神殿に言って、儀礼を行い、戴冠式の期日を明確にしなければならない。

 その他にもザクスがやらなけらばならないことは山ほどある。すぐに行動をしなければ、間に合わない。


 ザクスは背筋を伸ばして、王となる身にふさわしい風格を湛えながら、戴冠式の準備へと取り組み始めた。



 少年は一人、王になる決意を固め、それを実現すべく動き出した。


 胸の奥で広がった喪失感を、不要のものだと切り捨て、目を背けたまま。

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