獣とレアル1
戴冠式が間近になり、最近ザクスは忙しそうだ。
後宮ではなく、王宮に泊まり込むこともしばしばで、あの失敗以来王宮に行かせて貰えない葉菜とは、満足に話も出来ない日々だ。たまに後宮に帰ってくる時も、葉菜が寝ているベッドに潜り込んですぐ寝てしまう。
なんだか、仕事が忙しい夫と、擦れ違いの日々を送る新妻の気分だ。ザクスと葉菜の関係はそんな甘いものではないけれど、心情的には。
どうやらザクスの父親にあたる現王は、本当に危ない状況らしい。
譲渡ではなく死別によって王位が譲られる場合、12時間以内に戴冠式をおこなわければならないという慣習がグレアマギ王家にはあるらしく(どうしてそんな慣習が生まれたのかは確かウイフから聞いた筈なのだが、残念ながらきれいさっぱり忘れてしまった)、一刻足りとも油断が出来ないらしい。
戴冠式が成功するか否かは、通常の皇太子ならともかく、周りには敵ばかりのザクスには死活問題だ。少しでも慣習に背き、時期王として相応しくない態度をとってしまえば、まず間違いなく、ザクスが王として在位する上で、敵につけこまれる弱味になってしまう。
そのことを重々承知しているザクスは、常にピリピリと神経を張り巡らせている。
色々無理をしてはいないか心配だが、ただひたすら戴冠式に臨むべく必死なザクスの様子を見ていると何も言えなくなる。
ザクスは、王になるのだ。
グレアマギという帝国に、数多の人々に影響を与える権力を所持する特別な存在になるのだ。そしてその為に、自身が成せることに必死に打ち込んでいる。
無責任な、葉菜の甘い言葉など、邪魔なだけだ。
現王が没しなければ、5日後に戴冠式は行われる。
そんなタイミングでザクスが不在の後宮に、葉菜を訪ねた人物がいた。
レアルだ。
「で、どうだ?あれからてめぇはきちんと魔力コントロールは出来るようになったのか」
リテマから葉菜の元へ案内されたレアルは、相変わらず輝かんばかりの秀麗な姿に似合わない乱暴な口調で、葉菜に尋ねた。
「うん、できるよう、なった。レアルのおかげ。ありがと」
「魔力を暴走しかけたりはしてねぇか?」
「…………」
葉菜はあからさまにレアルから視線を逸らした。
怒りで我を忘れてあやうく城ごと吹っ飛ぶところだったなんていえやしない。
だが、葉菜の態度に全てを察したレアルは、こめかみのあたりを引きつらせた。
「――どうやら俺の脅かし方が甘かったようだな。魔力を暴走させて吹っ飛んだ穢れた盾の悲鳴は、それはもう凄まじかったらしい。そして周囲一帯には比喩ではなく血の雨が降って、町の一部を赤く染め…」
「ごめんなさい、ごめんなさい!!私、甘かった!!だから、話す、やめて!!」
レアルの言葉に葉菜は尻尾を股にはさんで体を震わせる。
実際、危うくかつての穢れた盾の二の舞を踏むところだっただけに恐怖心は倍増だ。
レアルはそんな葉菜の様子に満足したのか、ふんと鼻を鳴らした。
鼻の穴を膨らます様さえ美しいとは、どういうことなのだろうか。
一体どうすればそこまで超人的に美しくなれるのか、心底不思議だ。
レアルならば、例えストッキングを顔にかぶせて思いっきり引っ張ったとしても美しいのではないかと思ってしまう。
残念ながらこの世界にストッキングは存在しないし、よしんばあっても絶対にかぶってくれなそうであるが。
「…なんかろくでもねぇこと考えてないか?」
「考エテナイヨ」
(何故、ばれたし)
必死に首を横に振る葉菜に暫しレアルは胡乱げな視線を向けていたが、やがて舌打ちを一つして視線を逸らす。
「まあいい…それよりも、今日はお前に話したいことがあって来たんだ」
「話?」
ばれたら確実に怒られるであろう考えを白状せずに済んだことに内心胸を撫で下ろしながら、葉菜はレアルの言葉に首を傾げる。
レアルは浮かべていた不機嫌そうな表情を消すと、真剣な眼差しで葉菜に向き直った。
「ああ…俺は糞太子の戴冠式が終わったら、この国を出て別の大陸へ渡ろうと思う。…一応そのことをお前に伝えに来た」




