獣と「かなしさ」
「……何を言いだすんだ、突然」
「あにまる、せらぴぃ」
「どこの言葉だ、それは」
英語と良く似た言語の世界だが、残念ながらアニマルセラピーは通じなかった。
だがザクスが呆れたような力ない笑いを浮かべながら、葉菜の首もとに腕を回してきたのだから、よしとしよう。
ザクスは葉菜の首もとの毛皮に顔を埋めるように、葉菜を抱き締めた。
触れあったところから、ザクスの熱が伝わってくる。
触れたザクスの体が、僅かに震えているのに気付いた途端、カッと目頭が熱くなった。
「――……なんでお前が泣くんだ」
顔を上げたザクスの言葉で、葉菜ははじめて自分が涙を流していることに気付いた。
「わから、ない」
ザクスの為に泣いたりなんか出来やしない。先程まで確かに自分はそう思っていた。
それはきっと、心が美しい人だけが出来る、尊い行為のように葉菜には思えた。
自分のことばかりで、醜い、愚かな自分。
例え自分が涙を流したとしても、それは空気に酔っているだけか、そうあるべきだからと、無理に流したわざとらしい偽善の涙だと思っていた。
だからこそ、分からない。
勝手に溢れて止まらない涙の意味が。
胸を締め付ける、どからか沸き上がってくる感情の意味が、葉菜には分からない。
24年間生きてきた。
大した人生は送っていないが、時間としてはかなり長い年月だ。
だから、色んな感情を一通り体験してきたと思う。
だけど、こんな感情は知らない。
この想いを何と呼べばいいのか、分からない。
葉菜は涙を流したまま、ザクスの頬に顔を擦り寄せる。
ザクスは少し躊躇ってから、いつものようにその手で不器用に葉菜の後頭部を撫でた。
「愛しい」は、「かなしい」とも読むのだと、昔何かで聞いたことがある。
はじめて聞いた時、なんて美しい言葉だと思った。
だけど同時に、なんてフィクションじみた言葉だろうと思った。
その表現はきっと、小説や物語の中で出てくるから美しいのだ。小説や物語だからこそ、現れる言葉なのだ。
きっと現実では、「愛しい」をかなしいと読むような場面なんぞない、そう思っていた。
だけど、今、葉菜の脳裏にはかつて鼻で笑った、そんな言葉が浮かび上がる。
かなしい
かなしい
ザクスが、かなしい。
劣等感や孤独と闘いながら、必死に生きている目の前の少年が、悲しくて愛しくて、仕方なかった。




