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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と「かなしさ」

「……何を言いだすんだ、突然」


「あにまる、せらぴぃ」


「どこの言葉だ、それは」


 英語と良く似た言語の世界だが、残念ながらアニマルセラピーは通じなかった。

 だがザクスが呆れたような力ない笑いを浮かべながら、葉菜の首もとに腕を回してきたのだから、よしとしよう。



 ザクスは葉菜の首もとの毛皮に顔を埋めるように、葉菜を抱き締めた。

 触れあったところから、ザクスの熱が伝わってくる。

 触れたザクスの体が、僅かに震えているのに気付いた途端、カッと目頭が熱くなった。



「――……なんでお前が泣くんだ」


 顔を上げたザクスの言葉で、葉菜ははじめて自分が涙を流していることに気付いた。


「わから、ない」


 ザクスの為に泣いたりなんか出来やしない。先程まで確かに自分はそう思っていた。

それはきっと、心が美しい人だけが出来る、尊い行為のように葉菜には思えた。


 自分のことばかりで、醜い、愚かな自分。


 例え自分が涙を流したとしても、それは空気に酔っているだけか、そうあるべきだからと、無理に流したわざとらしい偽善の涙だと思っていた。



 だからこそ、分からない。


 勝手に溢れて止まらない涙の意味が。


 胸を締め付ける、どからか沸き上がってくる感情の意味が、葉菜には分からない。



 24年間生きてきた。

大した人生は送っていないが、時間としてはかなり長い年月だ。

 だから、色んな感情を一通り体験してきたと思う。

 だけど、こんな感情は知らない。

 この想いを何と呼べばいいのか、分からない。



 葉菜は涙を流したまま、ザクスの頬に顔を擦り寄せる。

 ザクスは少し躊躇ってから、いつものようにその手で不器用に葉菜の後頭部を撫でた。




「愛しい」は、「かなしい」とも読むのだと、昔何かで聞いたことがある。

 はじめて聞いた時、なんて美しい言葉だと思った。


 だけど同時に、なんてフィクションじみた言葉だろうと思った。


 その表現はきっと、小説や物語の中で出てくるから美しいのだ。小説や物語だからこそ、現れる言葉なのだ。


 きっと現実では、「愛しい」をかなしいと読むような場面なんぞない、そう思っていた。



 だけど、今、葉菜の脳裏にはかつて鼻で笑った、そんな言葉が浮かび上がる。




 かなしい



 かなしい



 ザクスが、かなしい。




 劣等感や孤独と闘いながら、必死に生きている目の前の少年が、悲しくて愛しくて、仕方なかった。


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