獣と妬心2
「……妬んで、た?」
ザクスの言葉が、葉菜にはすぐに理解出来なかった。
自分のような駄目な人間を、ザクスが何を妬むというのか。
「私、魔力、強い。だから?」
魔力が強いといっても、自分はその魔力を上手く使いこなせないポンコツだ。
少ない魔力を才覚で持って使いこなし、剣聖とまで讃えられるようにられているザクスの方がすごい。
魔力が少ないながら、才能に満ち溢れ、イブムに選ばれた特別な存在であるザクスと、単に「異世界から来た」というだけで強大な魔力を与えられ、使いこなす器官も能力もない自分。
比べること自体が、おこがましい。
だが、ザクスは首を横に振った。
「……それもある。俺にはけして手に入らない魔力を持ちながら、生かす努力をしないお前が、腹立たしくて苛立たしかった。だけど、それだけじゃない。それ以上に…」
ザクスは一瞬言葉を飲み込み、長い睫毛を伏せた。
「……それ以上に俺は、魔力コントロールが十分に出来ないながら、自分の欠点を知っていながら、それを受け入れて、あるがままに生きているお前が眩しかった」
「……え」
唖然とする葉菜に、ザクスは小さく自嘲の笑みを向ける。
「枯渇人を差別から解放する……言葉だけなら立派に聞こえるかもしれないが、まやかしだ。俺は自分以外の枯渇人の不遇を案じているわけではない」
発せられたザクスの言葉は、無感情に聞こえるように努められていたが、ところどろ震えていた。
「俺は、俺が認めれられたいだけだ!!王になるという決意も同じだ。俺は枯渇人でも王になれることを示して、自分がけして誰かより劣る存在ではないと、皆に認めさせたかっただけだ!!その為に俺は、お前を従えた。魔力なき俺が、誰よりも強大な魔力を持つお前を従えるだけの力が、能力があるのだと見せつけるために…っ!!魔力の欠乏なぞ、俺にとって取るに足らぬのだと、そう思わせるためだけに!!」
それはきっと、ザクスの心からの叫びだった。
葉菜は、ザクスが今まで必死に隠そうとしていた部分が、ザクスの認めたくない闇が、目の前に晒されていることに気付いた。
「俺は、自分の無能を認めたくなかった。認めたくなかったからこそ、必死に足掻き取り繕って、平気なふりをしていた……自分の劣等感に押し潰されることもなく、堂々と自分らしく生きているお前が、妬ましかったんだ」
ザクスはそう言って、力なく項垂れた。
(――何を言っているんだ)
ザクスの言葉は、余りに検討外れだ。
自分はけして、自分の駄目な部分をあるがままに受け入れたのではない。そんな立派なものではない。
自分は、自分の劣等感に蓋をして、諦めて楽に生きてきただけだ。
見ないふりをして、生きてきただけだ。
劣等感はいつでも些細なことで吹き出すし、葉菜の胸の奥に常に巣くって今か今かと出番を待っている。
先程ザクスに対して、葉菜の胸の中で劣等感が溢れて暴れていたように。
余りに検討外れ、お門違いな「嫉妬心」
だけど、葉菜からザクスに向けた嫉妬心も同様だったのかも知れない。
ザクスが葉菜の本当の心中が分からないように、葉菜がザクスの本当の心中を理解してないが故の嫉妬心だったのかも知れない。
自分たちは別の人間だ。
真の意味で全てを理解なんか出来やしない。
(結局、ただの無いものねだりなんだ)
自分に無いものを、お互い羨み、欲しがっていただけ。
そう考えた時、嫉妬に荒れ狂っていた葉菜の心は嘘のように、凪いだ。
葉菜はザクスを見やった。
ザクスは自分の発言を悔いるように、素の言葉を晒してしまった自分自身を恥じるように顔を歪めて、イブムを抱いていた。
そんなザクスの姿に、葉菜の胸は締め付けられる。
そんな顔をしないで、欲しい。
葉菜に本心を晒したことを、後悔なんかしないで欲しい。
そんな無機物な剣になんかに、すがらないで欲しい。
ザクスの隣には、自分がいる。
駄目でコンプレックスの固まりだけど、冷たい剣と違って、温かい熱の通った自分がいる。
「ザクス――抱き締めて、いいよ」
葉菜はザクスに近寄って、鼻元をその頬に擦り寄せた。




