皇太子の闇6
一瞬剣に気を取られていたアルバだが、すぐにまた雷撃をザクスへと仕掛けた。
先程までの攻撃が戯れに過ぎなかったことが一目で分かるほど強大な閃光がザクスを襲う。
だが、ザクスは狼狽えなかった。
(――切れる)
剣を握った途端、そんな確信がザクスの中に生まれていた。
間近まで迫っていた閃光に、ザクスは正確に剣を降り下ろす。
剣の刃に当たった雷撃は、瞬時に霧散して消え去った。
「なっ」
驚愕に目を見開いたアルバに出来た隙を、ザクスは見逃さなかった。
最後の体力を振り絞ってアルバに向かって跳躍すると、その右肩から腰元にかけて一気に切りつけた。
勝敗は一瞬。
次の瞬間には、血濡れのアルバが地に伏していた。
「なぜ、お前が、枯渇人のお前なんかが魔剣イブムに選ばれる…っ!?俺の方がよほどふさわしいのに!!俺が王になるべきなのにっ!!」
瀕死のアルバから発せられた怨嗟の籠った慟哭を無感動に聞きながら、ザクスはその首元に剣先を突き刺した。
ザクスの最初の殺人は「兄殺し」だった。
ザクスとアルバの争いは、「試合の末の不慮の事故」に片付けられ、ザクスが罪に問われることはなかった。
だがヒャーレイは、アルバの死によって関係が悪化するであろうクタルマヤ共和国との闘いの最前線に、ザクスが出ることを命じた。
幼子にそのような危険な任務を科すというのは、間接的な処刑命令だったといって良い。
それから二年後、クタルマヤ共和国との闘いが幕を開けた。僅か12歳の初陣だった。
だが、ザクスは死ななかった。
卓越した剣の腕と、イブムの力によって、幾度も直面した絶対絶命の危機を免れ、グレアマギを勝利に導いた。
鬼神の如き強さを見せつけたザクスは、枯渇人ながら、「剣聖」と渾名され讃えられるようになる。
「――クタルマヤとの闘いが終わった時、俺は王になる決意をした」
淡々と過去を語っていたザクスは、そう言って真っ直ぐに葉菜を見据えた。
「俺は王になる。王になって、この国に蔓延るくだらない差別をなくしてやる…っ」
痛みを飲み込むかのように瞳に強い意思をたたえてそう宣言し、イブムの柄を握るザクスに、葉菜は何も言えなかった。
多分、本来ならここでザクスの過去に胸を痛めるのが、正しいのだろう。
今もまた、悲しみを表に出さないザクスの代わりに泣く人もいるだろう。
きっと、心優しい女性なら、そうする。物語のヒロインに相応しい、真っ直ぐな性根の持ち主なら。
そのうえで、ザクスを支えようと、彼の闇を共に背負おうと、するだろう。
親の愛を知らぬザクスに、代わりに愛情を注いであげようとするのかもしれない。
きっと今のザクスには、そういう人が必要なのだろう。そんな人物こそが、ザクスの傍にいるべきなのだろう。
だけど、葉菜には出来なかった。
頭ではどんな態度が、どんな感情が望ましいのか分かっているのに、葉菜の心はそれを裏切る。
あまりにザクスの過去が凄惨過ぎるが故に、葉菜の心の中に同情も共感もすんなりと沸き上がらなかった。
まるで物語を聞いたかのように、現実味がない。ザクスの苦痛を我ことのように、自分と照らし合わせることが出来ない。
――代わりに葉菜の中から沸き上がったのは、蓋をしたはずのどす黒い感情だった。
けして認めたくない、あまりに場違いで身勝手な「嫉妬心」が、膨れ上がり葉菜を襲った。




