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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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皇太子の闇5

 それは突然の恐慌だった。


「初めまして。無能で哀れな弟御。偉大なるクタルマヤの王族の血を引く俺が、無能で哀れなお前に永久の惜別を告げにきてやったぞ」


 剣術の稽古中、突然襲った落雷。

 剣術を極めた師匠ですら、その災厄を察知することが出来ず、雷撃を直接一身に受け、即死した。

 ザクスは落雷の影響で焼け焦げ崩れた道場の残骸から這出ながら、そんな軽口を耳にした。


 腹違いの兄にあたるアルバは、必死に瓦礫から脱出しようとするザクスを見下ろしながら、嘲笑を浮かべた。



「可哀想に。この一撃で死んでいれば、苦しむこともないまま、お前の母や兄の後を追えたのに。死の恐怖を微塵も味合わないまま、冥府の扉を開けたというのに。哀れな腹違いの弟よ。俺は、兄としてお前に同情する。お前を憐れむ。最期までその無能さ故に死の運命に逆らえぬお前を!!」


 そう言って向けてきた雷撃を、ザクスは間一髪のところで避けた。

 ザクスがいた場所の地面は、焼け焦げて変色していた。

 まともに喰らっていれば、ザクスはアルバのいう通り、一度もザクスを顧みなかった母親の後を追うことになっていただろう。


「ラタ妃は、不慮の病で亡くなった!!お前がラタ妃から愛されていたか否かはどうであれ、彼女の死によりフイオーペダク家の発言力は弱まった。無能な王位第一継承者が、『決闘』の末亡くなったとしても、文句は言えない程度には。良かったな、弟よ。俺がお前を、『王位継承者』という、お前にとって過ぎたる重圧から解放してやる!!お前の死をもってな!!」


 絶え間なく遅いくるアルバから発せられる雷撃を、ザクスは必死で逃げる。

 ザクスの剣術の腕は、齢10歳にして大人の剣士と匹敵するほどのものだったが、だからといって強大な魔力に対抗できるものではない。

 剣では魔力を断ち切ることは出来ない。

 剣術は、結局は魔力には敵わないのだ。

 だからこそ、王宮一と謳われた剣術の能力を持つ師匠も、アルバが放った一撃で絶命した。

 ザクスなど、けして敵う相手ではない。


 戯れのようにわざとザクスから少し外すように放たれる雷撃を避けていたが、やがて体力の限界は訪れた。

 疲れ果て、地に臥したザクスを、アルバは愉悦を讃えながら、見下ろした。


「さようなら。弟よ。誇れ、お前の死が、グレアマギとクタルマヤ、二国に君臨する偉大なる王が誕生する契機になることを。後世に渡るまでまで、お前の名前は残るだろう。無能故に、偉大なる功績を残す俺から駆逐された王位継承者として!!」



 ――力が、欲しかった。


 生きていくための力が、『枯渇人』でも、その欠点を補えるだけの強い力が欲しかった。


 惨めな無力な存在のまま、死にたくなかった。


 自分はけして無能ではないのだと、生きていくに足る存在だと、そう思いたかった。



 アルバの手に貯められた魔力は、ザクスが今まで感じたことが無いほど強大な魔力だった。

 これが雷撃に変換され、ザクスに直撃すれば、死は間違いなく避けることが出来ないだろう。

 ザクスは強く目を瞑って、最期の時の訪れを待った。



 しかし



「っ!!」


 視界を閉ざしたザクスに、目を閉じていても認識が出来る、強い光が降りかかった。

 光が弱くなるのを待って、恐る恐るザクスが目を開くと、目の前には眩い光を纏った一振りの剣が、宙に浮いていた。

 剣の作り自体は驚くほど簡素で、不必要な装飾を一切纏っていないシンプルなものだった。

 だけどザクスは、そんな変哲もない剣に理由もなく魅かれ、思わず手を伸ばした。


「――魔剣イブムだと!?」


 アルバが遠くだ何か叫んでいるが、剣に魅了されたザクスは気づかない。



 剣はまるで幻か何かのようだったが、掴めば確かに実態があり、ザクスはその存在を確かめるかのように、両手で剣を握りしめた。

 剣はまるでザクスが長年使っていたもののように、ザクスの手に馴染んだ。


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