皇太子の闇4
足りないなら、補えばいい。
魔力という、生きていく為に必要な力が根本的に欠乏しているなら、それに代わる力を身につければいい。
ザクスはかつては王宮一と言われた腕を持つ老剣士に、剣術の教えを乞うた。
弟子にしてほしいと頭を下げた。
老剣士は枯渇人ではなかったが、剣術を極める為には魔術は不要な産物だという持論の持ち主だったが故に、ザクスが枯渇人でも蔑むことなく弟子として受け入れてくれた。
ザクスは剣術において、天賦の才を持っていた。幼子とは考えられない勢いで、ザクスは剣術を習得していった。
ザクスは学問にも打ち込んだ。得られる知識はどんなものであろうと、ひたすらがむしゃらに詰め込んだ。それがいつか自分の糧になると信じて。
同年代の子どもが野山で遊んでいるような時間を、ザクスは全て自分の鍛練に費やした。
そうしなければ、何かしらの価値を生み出さなければ、自分のような存在はきっと生きていけないだろうことを、聡明なザクスは知っていた。
たが、ザクスがどんなに剣術を極めようと、学問で優秀な成績を修めようと、周囲がザクスを見る目は変わらなかった。ザクスがどんな結果を出そうが、ザクスが魔力がないというだけで、周囲の人間はザクスを蔑む。
何を成そうが、『枯渇人』という肩書を持つ限り、周囲はザクスを認めようとしない。
暗殺未遂も頻繁に起こった。
生活の拠点が国中で最も警備が厚い王宮なだけに、酷い狼藉を受けることはなかったが、食事に毒物が混入されたりなぞしょっちゅうだった。
何人もの毒見役の使用人が死んだ。
枯渇人である自分が、王位継承権第一位を持っていることが気に食わないのか。それとも単に自分が邪魔なのか。暗殺の真意までは分からない。
ウイフが、枯渇人の料理人であるダレルをどこからか連れて来るまで、ザクスは安心して食事を取ることも出来なかった。
父親は自分に無関心で、母親は自分と会う度まるでザクスこそがシェルドの敵であるようにザクスを罵ってくる。
ザクスは月日が経てば経つほど、心の奥底が冷たく麻痺していくように感じていた。
麻痺していっているのに、かつて感じた痛みは思い出したかのように唐突にぶり返し、ザクスを苛む。
自分のまわりだけ、なぜか空気が薄い。
普通に過ごしているだけで、常に息苦しくて仕方ない。
(――いつかきっと、この城を…この国を出る)
いつしかザクスは、そんな決意を胸に抱いていた。
近い将来、王位を継承するに相応しい後継ぎが出来て、お役ごめんになる時が来たら、グレアマギを出ていこう。
ファルス大陸の他国ではいけない。プラゴトもナトアも、魔力至上主義が、神力や聖霊力に変わるだけで、根本的な部分はグレアマギと同じだ。
ウイフから、いつか習った。
ファルス大陸とは異なる大陸。海を越えて、クタルマヤ共和国も越えて、さらに遠く。
魔力も、神力も、精霊力も、全て異端と片づけられ、存在しないように扱われる国があるという。
おとぎ話のような、遠い、別の世界の話。
だけど、きっとそれは夢物語ではない。
世界はきっと幼い自分の想像内では収まらないくらい広くて未知で満ちている。
いつか、自分はその未知の国へ行く。
望むなら、ウイフやリテマ、ダレルも連れて。
『枯渇人』というだけで差別されない国で、自分の能力を頼りに生きていく。
そんな野望を胸に抱き、無機質な日々の苦痛の慰めにしていた。
ザクスが10歳になった夏、流行病に侵され、血縁上の母親であるラタ姫はあっさりと逝った。
最後までけしてザクスを息子と認めないまま、一度も、一片たりとも、母としての情愛をザクスに向けないまま、彼女がいう「唯一の息子」の元へと旅立った。
悲しみは微塵も感じなかったが、自分の中で何かが、手にいれることが無いままに永遠に失われてしまったことだけは、何となくわかった。




