社会不適合女とサバイバル3
人は見つからなかったが、雨風をしのぐには最適な洞穴を、見つけることができた。
四畳半ほどの狭さのそこは、多少湿り気を帯びているものの、外の明かりは入ってくるし、何らかの生物が住み着いている気配もない。葉菜は自分の幸運に嘆息した。
また、洞穴を見つける途中で、昨日見た始祖鳥もどきと、からすのような鳥がついばんでいる紫色の木の実を見つけた。
とってみると、皮が固く、どこか青臭い香りがした。皮を剥いて、現れた水色の果肉を一口嘗めてみた。青臭い苦みは感じるが、唇が痺れるような感じはない。
ごく少量一口かじる。熟れていないアボガドのような味がする。―食べられそうだ。多分カロリーも高い。
まだ完全に安心は出来ないものの、両手いっぱいアボガドもどきをとって洞穴に持っていった。
日がくれても体に異常がないようなら主食にしよう。幸いアボガドもどきの木は森のなかにたくさん生えていた。
水と、すみか、あと多分食料
続いて必要なのは何か
(――火だな)
異世界の気温は、冬のさなかだった日本に比べて寒くはなかった。
葉菜が来ていたコートがあれば十分夜も凌げる。
だが、問題は獣だった。
昨日のように怯えて夜を過ごせば、まともに睡眠をとれない自分はすぐに弱ってしまうだろう。
洞穴が、昼間は不在の肉食獣のすみかである可能性も捨てなきれない。
火は安全のために不可欠だ。
だが、残念なことに酒は呑んでも煙草は吸わない葉菜は、ライターなんぞ持ってはいなかった。
こんなことなら喫煙の習慣を身につけていれば。明後日な方向の後悔が胸に込み上げるものの、ないものは仕方がない。
自分で火をおこすしかない。
乾いた枝と、燃えやすそうな枯れ木、板のような分厚い木の皮を洞穴に集めた。
太陽の位置から、だいたいの時間を推測する。恐らく午後三時くらい。日暮れまで三時間くらいしかない。
焦りで胃をきりきりさせながら、木の皮を地面において特に頑丈そうな木の枝を擦り付けた。
火おこしの定番、摩擦で火をつけるあれである。
だが、一心不乱に手を動かしながら、葉菜の頭は嫌な予感でいっぱいだった。
小学生のころ、社会科見学で火おこし体験をしたことがある。使ったのは、なんか弓に似た形をした専用の道具。使った板や、溝に入った藁のようなものもしっかりしていた。
それなのに、葉菜も含めた多くの生徒は火をつけられなかった。煙りは上がるが、火にはならない。結局その日は徒労に終わり、葉菜のなかに「火おこしは大変なものである」という認識だけが残った。
専用の道具ですら満足に出来なかった自分が、間に合わせの道具で火など起こせるのか。
――嫌な予感は的中した。
「なんで…ついて!!ついてよぉ!!」
いくら擦る速さをかえても、力を強くしても、息を吹き掛けても、火どころか煙りが上がる気配も見えなかった。
手は痺れて感覚がないし、擦った木の皮もぐちゃぐちゃになっている。
「あ…」
擦っていた枝が力を入れすぎて折れた。
本日何本めになるか。
「~~っ、もういやだぁああ」
折れた枝を投げて、背を向けると葉菜は顔をくしゃくしゃに歪めて泣き始めた。
辺りは薄暗くなりはじめている。
火がつかない以上、そろそろまた木登りをはじめなきゃならない。
だが、そんな気も起きなかった。
「もー、やだ。火つかないなら、多分もう、そのうちなんかに食われるし。寒くなって死ぬかも知れないし。もう、やだ。なんで私ばっかり。やだ、もう死にたい、もーやだ。もーやだ」
泣きながら一人ぐじぐじと泣き言をいう。
葉菜は自己防衛のため図太い思考回路をしているが、メンタルが強いわけではない。寧ろ開き直りの境地に至るまでは…開き直りの境地に至るのがやたら早いが…精神的に弱く、折れやすい。
どんなに頑張ってもつかない 火は、葉菜の心を容易く折った。
寧ろ、よくここまで折れなかったといっても良い。
「…どうせ私、死ぬんだ。だって私モブだもん。召喚されたとか、運命に導かれたとかなくて、なんか、きっとたまたま異世界に運ばれたとかだもん。てか日本社会でもまともに生きられない私が異世界で生きられるはずないし…肉食獣に食われるって痛いよな、苦しいよな…それならいっそ自分で……それもやだ。てか、死にたくない。死にたい言ったけど死にたくない…!!」
体育座りをしてしくしくと泣きながら、一人捲し立てる。
ネガティブな思考しか考えられないが、やっぱり葉菜は死にたくなかった。
一度もしかしたら自分は死んでいるのかもしれないが、それでも、いや、だからこそ死ぬのは怖かった。
「……よし、いこう」
生きたいなら、生きる努力をしなければならない。
葉菜は適当な木を探すべく、外へ向かおうとして、がく然とした。
(え……)
投げた枝から火が上がっていた。
種火とか、煙りとかそんなものではなく、ぱちぱちと音をたてて勢いよく燃えていた。
何がなんだか分からないものの、葉菜は幸運を無駄にしないように、慌てて回りの枝をくべた。
慌て過ぎて大量の枝を投げてしまい、一瞬火が消えるか肝が冷えたが、火は勢いを弱めるどころか、さらに強く燃え上がり、それまでの苦労が嘘のように瞬く間に焚き火ができた。
こうして葉菜は、火を手にいれた。




