もしかしてお受験
ちょっと寄り道。
ラインハルト皇太子殿下の留学が起こした波紋の、ひとかけらです。
国際連携機構、略して国連が発足してからデパ国王都デルーアには、加盟各国の代表部が置かれている。
広大な王城の敷地内に設けられた国連専用の建物で、それぞれ間借りしている形だ。
ドアを開いて隣の部屋へ行けば、隣国の外交官とすぐに顔合わせができる。数年前なら夢物語だと笑い飛ばされるに違いない。
それが実現してしまったのだ。
トマーニケ帝国皇太子の留学に同行してきた随行員達も、今はここに居る。
部外者立ち入り禁止という制約に引っかかり、デルスパニア王立中央高等学園から締め出されてしまった彼らだ。
せめて外交官として働かなければ、無能の誹りを受けてしまう。
そんな彼らに大仕事が持ち込まれたのは、皇太子殿下の里帰りが終わって間もなくのことだった。
「短期留学資格の要件、王国より返答がありました。デルスパニア王国で行われている卒業試験で貴族の合格ラインに受かることです」
「卒業試験、か。話には聞いているが、実際の難易度はどのくらいだ。確実に合格していただかなければ、お家の恥になる。試験問題入手の手配はできているか」
卒業試験は、デパ国独自の制度だ。十二歳で受けることが義務付けられている。合格できなければ有料の教育機関に送られると言う。
祖国に居た時は、平民にまで教育を義務付けるなど狂気の沙汰だと思っていたが。
「残念ながら、試験会場からの持ち出しは許可されませんでした。内容を知るには実際に試験を受けるしかないそうです」
「は。子供の試験を受けろと言うのか」
大した内容ではないだろうに、何をもったいぶるのか。
「はい。国家の基盤に関わるため、厳重に管理されていると。ただ………」
「ただ、何だ」
「書店で、過去問を手に入れました。ただし、試験を受けた者からの聞き取り集なので、正確性には疑問が残ります。また、問題も毎年更新されるので、あくまで参考にしかならないかと」
それを先に言えと怒鳴りたいところをグッとこらえて、問題集に目を通すことにした。
デパ国の卒業試験は、一枚単位で行われる。満点を取ればクリア。次の問題用紙に進める。
平民は一枚、貴族は三枚クリアしなければならない。
一枚目は、三桁までの四則計算と地理、歴史、生活に根付いた法律等々。一般常識の範囲だ。ただしデパ国の。
「これが、平民用か」
トマーニケ帝国の平民では、まず無理だ。二桁までの足し算なら何とかなるが、掛け算と割り算は厳しい。三桁となるとお手上げだろう。
帝国の地理と歴史でさえ覚束ないだろうに、外国となったら知ってる訳がない。
そもそも、問題文を読める者がどれだけいるか。読めたとしても書けない者が多いのではないか。
暗澹たる気持ちで貴族の合格ラインの三枚目を見てみたが。
何だこれは。大人でも難しいぞ。これが本当に十二歳用なのか。
「大至急、問題集を買い集めろ。本国に送らなくてはならん。ええい、何でこんなにレベルが高いのだ」
不合格など貴族として有り得ない。
いやそうか、留学生として便宜を図ってもらう窓口を作るのが先か。いくら寄付すれば留学できるのか、早急に相場を調べねば。
「あのう」
「なんだ。まだ何かあるのか」
「短期留学は卒業試験だけで許可されますが、正式な卒業資格を得るためには、学園の入学試験に合格する必要がありまして」
自分の口の端がひきつるのを感じた。
「入学試験は十五歳から受験可能です。ただ、難易度が跳ね上がりまして」
それはそうだろう。誰もが受ける卒業試験と、学生を選抜する試験は別物だ。
「王都デルーアには、複数の学習塾がありまして、入試対策の特別授業が行われている模様です。そこの教師を本国に引き抜かれてはいかがかと。あのう、それで、予算を付けていただきたいのですが」
「分かった。本国に要求する。ついでに人員の補強もな。それと、本国から受験予定の者を招聘する。実際にその学習塾とやらへぶち込んで、効果があるのか試さにゃならん。どうせ本国から合格させろと無茶振りが来るに決まっとる。できることは何でもやってやる」
目を座らせて宣言した彼は、帰国後、トマーニケ帝国初の予備校を設立することになったという。
本格的に帝国の貴族の子弟が留学するとなると、準備をする裏方の人が必要だろうなあと。
皇太子殿下の侍従だったはずなのに実質的に左遷になっていた人たち、デパ国に居て学園に縁があると言うことで、大任を与えられました。
有力貴族の子弟に頼りにされ、デパ国と直接交渉をする権限を持つようになります。
デパ国への栄転とみなされて、元は左遷状態だったなんて誰も信じてくれませんでした。
ちなみに裏口入学は取っ掛かりさえつかめず、不発に終わりました。
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