46.王太子殿下からの預かり物
「強くなったな、ロベルト」
地面に倒れているロベルトに、手を差し伸べてやる。
彼は苦笑いしながら、私の手を借りて、ふらつきつつも立ち上がった。
本当に倒れ込むまで相手をしてやった。いい運動になった。
だんだんと剣筋がいつもの彼に戻っていく様子を見ながら打ち合うのは、なかなか興味深かった。
鮮やかな緑の瞳が爛々と輝きだして、頬も上気してきた。そしてだんだんと、彼も私も笑っていた。
最後の方など、疲れ果てているはずなのに、一撃の重さに剣を受けた腕が痺れた。
単純な力比べだったら、もしかすると私が負ける日もそう遠くないかもしれないな。
まぁ、まだしばらく――具体的には、主人公に攻略してもらうまでは――負けるつもりはないが。
すっかりいつもの調子に戻った彼は、私を見つめてぽつりと呟く。
「でも、隊長には敵いません」
「それはそうだろう。私だって強くなっているんだから」
「……隊長」
ロベルトが、妙に真面目な声で私に呼びかける。
「兄上が、俺に病気のことを話してくれたんです。……隊長は知っているということも」
「……へぇ」
素直に驚いた。殿下はよく「愚弟が」「愚弟が」と言っていたが、ロベルトから兄の話を聞くことはあまりなかった。
ゲームの中では仲が悪かったし、あまり込み入った話をしない間柄なのかと思っていたのだが。
「俺はずっと兄上の傍にいたのに、気づかなかった……もしもの時は頼むと、兄上は……」
ぎゅっと、ロベルトは拳を握りしめる。
「兄上のことを見ていたつもりで、……俺は何も見ていなかった」
「ロベルト」
私は脇に放ってあった自分の鞄を拾い上げる。
中を探って、王太子殿下からの預かり物を取り出した。
「これを」
「これは……?」
「君の兄さんからの預かり物だ」
「!」
私が手渡したものの正体を知り、ロベルトは目を見開く。
「君が持っていた方がいいだろう」
「え、いや、でも」
「殿下は君に『頼む』といったんだろう? それなら、君が持っていた方がいい」
「……そう、なんでしょうか」
躊躇っていたが、ロベルトは最終的には受け取ってくれた。
私は心の中で万歳をする。
やった、ものすごく扱いに困っていたものを手放すことが出来た。これは僥倖である。
家の者に見つかったときの説明が面倒くさすぎて、ハンカチに包んで鞄に放り込んであったのだ。
引き取ってもらえて、肩の荷が下りた気分だ。
いや、もはや肩に何か乗っていたのかもしれない。殿下の生霊的なものとかが。
「……隊長」
ロベルトが、また私に呼びかける。さっきは私の呼びかけを無視したくせに、もう忘れていると見える。
目の前のことしか見えていないあたり、彼らしいとも言えるのだが。
「俺に出来ることは、何なのでしょう。兄上のために、俺が出来ること……」
「……私に尋ねるということは、君が1番わかっているんだろう?」
私がそう聞き返すと、ロベルトの瞳が揺れた。
「そんなもん私が知るわけないだろう」ということを聞かれたとき、この切り返しは非常に有効である。
まるですべてを理解しているかのような、「分かってますよ」感を演出できる。実際には何もわかっていなくても、だ。
欠点は、やりすぎると信用を失うということなのだが……ロベルト相手ならば問題あるまい。
まだ迷っている様子のロベルトを前に、私は、大きく息を吸う。





