37.私の信用がびっくりするほどなかった
唐突に1日2回更新週間が始まっています!
朝にも一話更新していますので、まだの方はそちらからどうぞ。
「やぁ、リジー」
優雅に脚を組んでお茶を飲んでいる王太子殿下に、私は騎士の礼を返した。
「これは殿下。事前にお知らせくださればこちらから出向きましたのに」
「いや、いいんだ。私が来たかったのだから」
婉曲な「アポなしで来るな」に対して、優しい微笑みが返ってきた。
私より貴族らしい言い回しがお得意な殿下には、その意図が十分伝わっているはずなのだが。
「それで、どのような御用向きでしょう。さぞお急ぎと拝察しますが」
「……ねぇ、きみの部屋はどこ?」
「は?」
「案内してよ」
婉曲な「早く帰れ」も跳ね除け、わけのわからないことを言い出す王太子殿下。
「お願い。……最後になるかもしれないんだから」
「?」
妙に深刻そうな顔で言われて、違和感を覚える。
以前ならいざ知らず、最近の王太子殿下は「どうせ死ぬんだから」的厭世感の演出をめっきりしなくなっていたのだ。
……言っても私がばっさり切り捨てるからだとは思うが。
こんなことを言っている彼は久しぶりに見る。
結局、いつもと違う雰囲気に負け、彼を私室に案内した。
出てきた時に放置していた侍女長が固まったまま残っていたので「殿下にお茶を」と申し付けると、ようやく硬直が溶けて素晴らしい礼をくれてから退出していった。
さすが侍女長、脳が停止していても無意識で動けるらしい。
ソファを勧めると、殿下はきょろきょろ室内を見回しながら腰を下ろす。
「……このドイリー」
殿下がローテーブルに置かれたレースのテーブルクロスに目を止める。そうか、そんな呼び名だったか。
言うまでもなく殿下の手作りの品である。さすがに目敏い。
「あの編みぐるみも。……驚いた。ほんとうに飾ってくれているんだね」
「ええ、まぁ、頂き物ですから」
「きみのことだから、すべて他の者にあげてしまったのかと思っていたよ」
私の信用がびっくりするほどなかった。
いくらなんでも手ずから「きみに」と渡されたものまで他人に渡せるほど冷酷ではない。
侍女長に言われたから残している物もあるが、こればかりは彼女の先見の明に感服するしかなかった。
「あのカーテンも。ふふ、嬉しいな」
「あのような大物は金輪際勘弁してくださいね」
持って帰るのも一苦労だったし、家の者への言い訳もまた一苦労だった。
レースのカーテンはちょっとした貰い物の域を超えている。編むのだって相当の時間がかかっているはずである。
控えめに言って重い。趣味の産物だとわかっていなければ引いている。
「……金輪際、か」
出た。
まただ。
私はげんなりしてしまう。久しぶりにやられると鬱陶しさも一入だ。
だからお前は死なないのだと、何遍言わせる。
「……殿下。どうされました。お腹でも痛いのですか?」
「きみの普段の悩みのなさが透けて見えるね」
何だかとても失礼なことを言われた気がする。
最近はナンパ系のイメージを崩さないよう表に出していないだけで、そこそこ悩みの多い人生を送っているのだが。
目下の悩みは、アポなしで訪れた王太子がなかなか帰ってくれないことだ。





