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モブ同然の悪役令嬢に転生したので男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う)  作者: 岡崎マサムネ
第1部 第2章 学園編 1年目

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33.バートン公爵家の「敵」

 ウィルソン伯爵家の敷地から出て、さてまずは家に帰ろうと思ったのだが、何やら正面玄関のあたりがざわついている。

 クリストファーを降ろして、塀に隠れながら一緒に音のする方を覗き込んだ。


「この中に、僕の弟がいるかもしれないのです」

「次期公爵様といえど、証拠もなく他人を疑うことは感心しませんな。人望の公爵が聞いて呆れる」

「非礼は承知です。ですが他に弟の行き先に心当たりがないのです。ご存知のことを教えてくださいませんか」

「ですから、知らないと言っているでしょう」


 ざわめきの中心にいたのは、お兄様と髭の男だった。身なりからして、髭の男はこのウィルソン家の主人だ。

 クリストファーの祖父にしては、年が若すぎる。クリストファーの母が再婚したという弟の方だろう。

 クリストファーから見れば、血縁上は叔父にあたる。


 どちらも従者を連れた状態で向き合っているし、周りには騒ぎを聞きつけたのか警邏の騎士も何人か集まっている。なかなかの大所帯だ。


 ざわめきの最中にいるお兄様は、さっきよりもやつれて見えるくらい疲れてげっそりとしている。その瞳はひどく不安げで、そして。

 とても悲しそうな顔をしていた。

 ぎゅっと胸の前でもちもちの手を握り締め、お兄様はつらそうに、切り出した。


「ウィルソン伯爵。貴方は近頃、お金に困っているようですね」

「何です、急に」

「何人もの貴族から、証言を得ています。貴方に融資を持ち掛けられたと」

「それが何か? 新しい事業を始めるために、融資を持ち掛けただけのことです。金の無心をしたような言い方はおやめください」

「東国からの織物の貿易量が激減していると聞きました。貴方の領地の主な事業は貿易業でしたね。それも、東国と長く取引をして、利益を得ていたはずだ」


 ウィルソン伯爵は堂々としたものだった。だが、眉が僅かにぴくりと動いた。

 口を閉ざした伯爵に、お兄様はさらに言葉を重ねる。その様は、まるで説得を試みているかのようだった。


「銀行からも、知り合いからも多額の借金をしていますね。このままでは、領地の維持すら危ういほどに」

「……仮にそうだとしても、それが今日のこの礼を失した訪問に何の関係があります? 我が伯爵家の事情とそちらのお探しの弟君が関係しているという、証拠でもあるのですか?」

「そうですね。僕が知っているのは情報だけです。貴方が関わっているかもしれないという、可能性を示すだけの情報です。決定的な証拠はありません」


 ウィルソン伯爵の反論を、お兄様は肯定した。

 確かに、お兄様が並べたのはただの情報だ。クリストファーの件と直接の関係が示せるものではない。

 お兄様だけでなく、それなりに多くの貴族が知っている程度の情報だ。

 いくらだって裏も取れる程度の、わざわざ見せびらかすことでもないが、知られても仕方ない程度の情報だ。


 だが、これを聞いた周りの者が、十分に想像を巡らせることのできる情報でもある。

 次期人望の公爵であることを差し引いても、風向きは明らかにお兄様に向いていた。それは警邏の騎士たちの表情を見れば、それがよくわかった。


 私は得心する。なるほど、金目当てか。考え得る限り、一番短絡的で衝動的な動機だ。

 どうやらこのお髭の伯爵、悪役というのも烏滸がましい、小悪党のようである。


「僕も貴方を疑いたくないのです。いや、僕は誰も疑いたくない。信じたいのです。だからどうか、僕が貴方を信じているうちに、正しい決断をしてください」


 お兄様が真摯な瞳で、ウィルソン伯爵を見つめる。

 話しているのがお兄様でなければ、何をぬるいことをと笑い飛ばしたくなるくらい、甘いことを言っている。


 しかし、お兄様が口にするならば、それは違う意味を持つ。

 次期人望の公爵であるお兄様が、心から真剣にこの発言をすることに、意味がある。

 これは問いかけだ。信用を裏切るつもりなのかという、投げかけだ。


 人望の公爵であっても、貴族は貴族だ。いざという時にはもちろん、持てる限りの強いカードを切る。

 お兄様だって駆け引きぐらいするのである。

 ただ、あんなにもつらそうに悲しそうにしているところを見ると、やはり向いていないと言わざるを得ないが。


「もし僕の大事な弟に何かあったなら……我々バートン家は貴方たちを『敵』だと認識せねばなりません」


 ぴくりと、今度は分かりやすく、ウィルソン伯爵の眉が動いた。

 人望の公爵たるバートン公爵家の「敵」となることがどういうことか。この国で、知らない貴族はないという。


 お兄様はそれを分かっていて、あえてこの言葉を使ったのだ。その意味が分からぬ伯爵ではないだろう。


「もう一度伺います。僕の弟について、ご存知のことを教えてくださいませんか」


 一瞬、場に沈黙が流れた。


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