14.顔の良い男たちの距離が近いと"沸く"
「やぁ、リジー」
「……これは殿下。ご機嫌麗しゅう」
銀糸の美少年に呼び止められて、私は一瞬逡巡したのち、軽く礼をした。
王族相手とはいえ、学園内では生徒はみな平等ということになっている。畏まった礼は必要あるまい。
最近は城の執務室に呼びつけられるばかりか、こうして学内で呼び止められることが時折ある。
これ以上近寄りがたいやつと仲が良いと思われると困るので、控えめに言ってやめて欲しい。
彼と一緒にいた生徒も、物珍しそうな顔で私たちを交互に見つめている。
教室のすぐ横の廊下だ。授業中なので皆わかりやすくこちらを見たりはしないが、ちらちらと教室からも視線が飛んでくるのを感じた。
「どうしたの、こんなところで。もう授業が始まったはずだけれど」
「私は護身術の時間は免除されていまして。図書館かどこかで時間でも潰そうかと」
「そうなんだ。奇遇だね、僕たちも急を要する生徒会の仕事で授業を抜けたところなんだ。それじゃ……」
「おっと」
すれ違って歩き始めたところで、突然殿下の体が傾いだ。咄嗟に殿下の腕を引き、抱き留める。
私よりも背が低く華奢な殿下は、すっぽりと私の腕の中に収まった。
「あ、すまない、少し、立ちくらみが……」
眉間を押さえていた殿下が、手を下ろして瞼を開く。
アメジストの鏡に、私の顔が反射しているのが見えた。我ながら余裕ぶった、嫌味な微笑みだ。今日もなかなか盛れている。
長い睫毛を瞬かせて、殿下が私を見つめたまま硬直している。
上目遣いで見上げられるのは、ご令嬢を相手にしているようで気分が良い。
ざわざわと声が聞こえて、人目が集まっているのに気づいた。
まずい。このままではまた仲が良いと思われてしまう。
そっと周囲を窺ってみると、何故だか熱視線を感じる。
女生徒たちが、どこかうっとりとした表情で私たちに熱視線を送っているのだ。
……そうか。
女の子は顔の良い男たちの距離が近いと"沸く"のだ。キャーキャーするのだ。
歌舞伎に始まり、ヴィジュアル系バンド、男性アイドル。アイザックとダンスをしている時の熱視線も、きっと同じだ。
今世でも……どんな世の中でも、どうやら女の子というものは、あまり変わりがないようだ。
それならば。
可及的速やかにここを立ち去りつつ、女生徒たちにキャーキャー言ってもらうための最適解を見つけ、私は殿下に気遣わしげな視線を向ける。
「疲れから来るものかとは思いますが……念のため医務室に行かれた方が良いですね」
「い、いや、私は」
「ご無理をなさいますな」
殿下の細腰に手を回して、しどろもどろになっている殿下を尻目に、ひょいとその身体を抱き上げた。
「なっ、わっ、何をする!」
「医務室までお運びします」
「や、やめろ、降ろせ」
「降ろしたら医務室、行かないでしょう?」
「うっ……」
図星だったらしい。あんなに病人ぶっていたくせに、今度は自分から無理をして体調を崩しているようでは世話はない。
病人ぶるならせめて、よく食べて、よく運動して、よく寝てからにしてもらいたいものだ。
大人しくなった殿下を抱えて、私はさっさと廊下を通り過ぎ、階段を降り始める。
彼の周りにいた生徒会のメンバーたちは、さっと脇に避けて私に道を譲った。気分はモーセである。
颯爽と歩を進める私に、殿下が小声で呼びかけてきた。
「し、しかし、これは……あまりにも、その。距離が近いよ」
「今さら何をおっしゃるかと思えば」
殿下の言葉を、私はふんと鼻であしらう。
「慣れてらっしゃるでしょう? こうして私に拐われること」
悪戯めかしてウインクをしながら、普段お忍びで出かけるときのことについて指摘してやると、殿下はぼっと頬を赤く染めた。
城下街に行く時など、さあ行こう早く行こうと自ら望んで私に抱き上げられているというのに。
「あれは、君が……」
「はい、着きましたよ」
肘でドアを開けて、医務室に入る。殿下は慌てて口をつぐんだが、中には誰もいなかった。
「おや。先生は留守みたいだな」
私の言葉に、腕の中の殿下の肩がびくりと跳ねた。
感想、ブクマ、評価等ありがとうございます!
応援のおかげで、何とか1日2回更新を完遂できました。
これにて、1日2回更新週間は終わりです。次は、ブクマがポケ○ンのルビー・サファイアの数を……
と、言おうと思っていたのですが、なんと嬉しいことに、ブクマがルビー・サファイアの数どころか、ダイアモンド・パールの数さえ超えておりました!!
そこで、感謝の気持ちを込めて1日2回更新週間をもう1週間延長しようかな、と思います!
更新がなかったら、寝落ちしたんだと思ってご容赦ください。
それでは引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!





