13.やさしい世界の「やさしい嘘」
「お前は、このままでいいのか? バートン」
「? どういう意味かな?」
放課後。
アイザックのダンスの練習に付き合ってやっていたところ、ふと彼が何やら深刻そうな表情でそう切り出した。
一瞬私の方向性についての話かと思ったが、そんなわけはない。
近頃、学内巡視のほかに彼の練習に付き合うのがルーチン化している。
ついでなので、剣術の稽古もつけてやっているが……こちらは正直、ダンスよりも筋が悪い。
おかしい。攻略対象は誰も彼も、主人公のピンチには颯爽と助けてくれていたはず。
そう思ってイベントの記憶をいろいろと掘り起こしてみたが、アイザックのイベント、頭脳を使って解決するものばかりだった。
特に剣術が苦手という描写もなかったと思うが……さすがは乙女ゲーム、不都合な真実は見事に覆い隠されている。
これもやさしい世界の「やさしい嘘」というやつだろう。
ちなみに、気難しいアイザックとつるんでいると思われているらしく、まだ私に取り巻きはいなかった。
これは少々誤算である。
しかし、引き受けたものを途中で投げ出すような人間だと思われて、私の株が下がるのは避けたい。
もともと悪い人間だと思われていた者が良いことをすると過剰に評価が上がるが、良い人間だと思われていた者が少しでも悪いことをすると、過剰に評価が下がるのである。
人呼んで不良と雨の日の捨て猫効果。
そういうわけで、不本意ながらも毎週のように何かしら、彼と過ごす時間が生じていた。
まるで、友達のようだ。
アイザックは真面目くさった顔で、さらに質問を重ねる。
「彼との婚約のことだ。本当は断りたいんじゃないか?」
「え」
思いもよらない内容だったので、咄嗟に反応できなかった。
彼と言うのはもちろん、ロベルトのことだろう。
確かに、私に婚約継続の意思はない。主人公に攻略してもらうためにはむしろ邪魔だとすら思っている。
攻略対象同士が婚約していたら、主人公もさぞかし混乱するだろう。
……いや、そもそも私から婚約を破棄できたなら主人公を攻略する必要もないのか?
まともな返事をしない私に、彼は言いにくそうに、しかし強い決意を持った瞳で続けた。
「お前は、その。恋愛対象が女性なのだろう? 貴族の結婚は政略の道具とはいえ、さぞ辛いものだろう。もしお前が婚約破棄したいと言うのなら、協力したい。僕は、お前の、と、友達だから」
アイザックの言葉に、私の目は点になる。
「恋愛対象が、女性? 私の?」
「あ、ああ、だから、そのような格好と振る舞いをしているのだろう?」
彼が言いづらそうにしている理由がわかった。血を継ぐことに重きを置く貴族の世界では、同性愛はご法度だ。
……子どもを作るために結婚だけはしたけれど、男娼を囲っているという貴族の話はそこそこ聞くので、ないわけではないのだけれど。
男装をしているだけならまだしも、目指しているのがナンパ系騎士様であるため、私は必要以上に紳士的に、女子に好まれるように一生懸命振る舞っている。
勘違いをされるのも仕方ないのかもしれない。
が、あまりに思い詰めた顔で言われたので、つい笑いがこみ上げてしまった。
「あはは! そうか、確かにそうだな。そう思われてもおかしくないな」
「な、お前、笑い事では……」
「はは、ごめんごめん」
私の声に揶揄いが含まれているのを感じたのか、顔を赤くして憤慨した様子のアイザック。
しかし、堅物で馬鹿真面目な彼が、貴族社会のルールを承知の上で、それでも私の手助けをしようとしてくれるとは。
どうやら思ったよりも情に厚い男のようだ。
そうか、友達か。
女性向けコンテンツでは、モテる男は友達も多いと相場が決まっている。しかも、友達もイケメンであることが多い。
アイザックも攻略対象だけあって、見目は非常に良い。真剣に本を読んでいる時など、彫刻のような横顔をしている。見事なEラインだ。
女の子の取り巻きも必要だが、男友達もいて邪魔になるものではないだろう。
何より、これで義弟の「友達出来ましたか?」に堂々と返事が出来る。
「私は、女性が好きだからこんな格好をしているわけじゃないんだ。ただ……そうだな。近いうち、運命の人と出会うような気がしていて。それにはこの格好をしている方が都合が良いんだ」
「……?」
今度はアイザックが不思議そうに首を傾げる番だった。
こうしてなんとなく匂わせておけば、彼なりに良いように解釈してくれるだろう。
私が必死に言い訳を考えるよりも良いはずだ。彼は、私より頭が良いので。
「運命、だと? ……非科学的な」
「いいだろう? 私が勝手に信じているだけなんだから」
「……彼は……ロベルト殿下はその相手ではないと?」
私は曖昧に微笑んで、誤魔化すことにした。そんなことを正直に言ったら不敬だろう、アイザック。という気持ちを込めて。
「……まぁ、彼のことは嫌いではないよ。なんだかんだで長い付き合いだしね」
「……そうか」
肩を竦める私に、アイザックはそれ以上、何も言わなかった。





