12.Win-Winどころか、1人勝ち
私はさらりと髪をかきあげ――元から短いのでこの動作にたいした意味はない――、長いコンパスを生かして颯爽とアイザックに近づく。
そして流れるような動作で彼の手を取って、クローズド・ポジションでホールドを作る。
ただし、彼が女性側だ。
きょとんとしたまま私を見上げる彼に、私はわざとらしくウインクをしてみせる。
「ダンスは相手の気持ちを考えなくてはね。試しに、『そちら側』の気持ちを味わってみるといいよ」
「は?」
そのまま、曲に合わせて踊り始めた。振り払われるかと思いきや、彼はまだ呆然としているようで私のリードに合わせて足がついてくる。
なるほど、確かにひどくぎこちなく、言ってしまえば下手だ。だが、足は動いている。
この前のコソ練も含めて考えれば、まるっきり練習をサボっているわけではなく、彼なりに努力をして取り組んだ結果があれなのだろう。
ゲームでも努力の人だった生真面目な彼がレッスンを疎かにするとは考えがたい。
勉学と違ってセンスが必要な分野は、努力したからといって報われるものではないのだ。
きっとそれが彼のコンプレックスを刺激して、ダンスを苦手なものとして認識してしまっているのだろう。
近くにある彼の顔を見下ろすと、ぱちりと目が合った。
たいそう混乱しているようで、私の顔を凝視しながら、眼鏡の奥で何度も瞬きをしている。
ふっと、わざと挑発するように笑ってやった。
見る見る顔を赤くした彼が何か言おうと口を開きかけたところで、やんわりとホールドをきつくしてフィガーに移行する。
すると彼はぎゅっと口を閉じ、ステップに集中し始めた。
やはり教科書どおりの動きなら、一通り勉強したらしい。
うまくテンポをつかめるように、流れがぶつ切りにならないように、足がもつれないように。
ほんの少し手を貸してやるだけで、十分優雅に踊れている。何ともリードのしがいがある男だ。
面白くなってきたのでアンダーアームターンをさせてみると、こちらの意図通りくるりと回った後で文句ありげに睨まれた。
普段は冷静ぶった顔ばかりしている彼のその表情に思わず笑いがこみ上げる。
彼も同様だったようで、私が笑い出したのを見ると、やがて困ったように相好を崩した。
「バートン」
他の生徒には聞こえない程度の小さな声で、彼は囁いた。
思えば、彼とまともに会話をするのはこれが初めてだ。
「またこうして、練習に付き合ってくれるだろうか。やはり、出来ないというのは悔しくて」
「もちろんだとも。きっとすぐに上達するぞ」
お世辞ではなく、本心からそう応える。
基礎の積み重ねはあるのだ、感覚さえつかめればあっという間に物にできるだろう。
私が付き合うのはせいぜいあと2、3回でいいはずだ。その程度で令嬢たちに感謝されるなら、お安いご用というものである。
曲が終わってみれば、教室内はすっかり和やかな雰囲気になっており、クラスの令嬢たちも……そして何故か令息たちもわずかに頬を染め、うっとりと私たちを見ていた。
まぁ、同性から嫌われるような男では異性からも嫌われると思うので、問題ない。よしよし、順調である。
私は誰にも気づかれないよう、小さく息をついた。
ダンスは必死で練習していたので自信はあったが、人前で男側を踊るのは初めてだったので、うまくいってほっとした。
緊張したが、私にとっても良い経験になった。
Win-Winどころか、1人勝ちと言えるかもしれない。
ダンスで乱れた髪をかきあげると、また小さく黄色い声が聞こえた気がした。





