聖夜の贈り物
活動報告にあった小話を引っ越しました。クリスマス記念に書いたSSなので、季節外れですがよければどうぞ。
時系列としては、第一部終了後あたりでしょうか。
エリザベスとリリアがおしゃべりしています。
直接は出てきませんが、王太子殿下の霊圧があります。
「エリ様! メリークリスマス!」
「この世界にはイエスキリストはいないんだけど」
「でも聖夜ですから、実質クリスマスですよ」
屋敷を訪ねてきたリリアをエントランスで出迎えた。
中に入ってくればいいのに、入り口で待っていたらしい。
ジーザスクライストのいないこの世界にも、「聖夜」というイベントは存在する。
まぁ元が日本製の乙女ゲームなので当然といえば当然だが、冬の夜が一番長い日に星々に祈る、などというそれらしい設定が付けられていた。
そういう意味では、設定上の起源はクリスマスより冬至が近いのかもしれない。
やることはごちそうを食べて親しい相手にプレゼントを贈る、という完全にクリスマスに寄せたものだが。
「何の用? 特に約束してなかったと思うけど」
「どうしてもエリ様に直接プレゼントを渡したくて……」
「……見たところ手ぶらだけど」
「ふっふっふ」
不敵に笑うリリア。
何故だろう。悪い予感しかしない。
リリアはやたらと勿体付けたあと、ぱんぱかぱーんと効果音がしそうな調子で両手を広げて、言う。
「プレゼントは、わ・た・し♡」
玄関の扉を閉めて、リリアを追い出した。
「アッー! ひどい! どうして閉めるんですか!! さむい、寒いです!!」
「ちょっと待ってて。料理長に塩を借りてくる」
「これが本当の塩対応……って何言わせるんですか、もう!」
勝手に言っておいて言いがかりをつけてきた。
きゃんきゃん騒いでやかましかったので、仕方なくドアを開けてエントランスに入れてやった。
外では雪が降っているらしく、頭と肩に雪が乗っかっている。
それを払ってやってから、サロンに案内する。
「聖夜にもご令嬢から贈り物をもらうけど。そのギャグをやってきたのは君が初めてだよ」
「ギャグじゃないんですけど!?」
「ギャグじゃないなら出オチだよ」
サロンの暖炉に近い場所を選んで、椅子を引いて彼女を座らせる。
近くの椅子に、私も腰かけた。
膝丈のワンピースだったので、椅子に深く座ると、リリアの白くて細い足が剥き出しになる。
この寒いのに生足である。いくら肉体は女子高生といえど、さすがに膝小僧が赤くなってしまっていた。
「だいたい、そんな恰好で来るから寒いんだよ」
「だって一番かわいい服で来たかったんですもん」
「見てるこっちが寒い」
「おしゃれは我慢なんです」
「それには同意するけどさ」
確かに、おしゃれというか見栄えをよくしようと思うと、我慢はつきものだ。
かくいう私も常に10センチヒールで過ごしているせいで、足の裏の皮がタコやマメを通り越してガチガチに固くなってしまっていたりする。
もとが人智を超えた美少女なのだから何を着たって大差ないだろうとは思わないではないが、そこは誰だって気に入った服を着た方が気分が上がる、という類のものなのだろう。
それにしたって、雪が降っているのに生足はないと思うが。
私だって前世のうら若き時分には真冬でも生足だったはずなのだが、今となっては信じがたい。
いくらカーディガンやコートを着込んでマフラーをしても、足があんなに出ていたら寒いに決まっている。
ふと、文机の引き出しに隠すようにしてしまってある「ある物」の存在を思い出した。
リリアに断りを入れて、席を立つ。
部屋の文机――またの名を「置物」――から「ある物」の入った紙袋を持ち出してサロンに戻り、リリアに手渡した。
「私からも、聖夜のプレゼント」
「え」
リリアがきょとんとした顔で、私を見た。
そして手元の紙袋に視線を落とす。
しばらくそれを凝視した後、がばっと顔を上げて再び私を見た。
「い、い、いいんですか!?」
「うん」
わなわなと手を震わせながら、リリアが袋を受け取った。
そして捧げ持つように高く掲げて拝む。
さながらサバンナでライオンの子供を取り上げたサルのような所作である。
「ち、ちなみに、中身は」
「毛糸のパンツ」
「い、色気もへったくれもない!」
「女の子は体を冷やさない方がいいっていうし」
リリアが「開けていいですか」と聞くので、頷いた。
プレゼントはその場で開封するのが礼儀、というのは前世のマナーだったか。
この世界の貴族はそもそも直接物を手渡してプレゼントをするようなことはないので、確立されたルールはないように思う。
少なくとも私は教わっていない。
たいてい相手の家に届けさせるので送り主はその場にいないし、わざわざ目の前で贈り物をするときには、従者が開封して、中身が見えるような状態で持ってくるのが一般的だ。
中身を手に取ったリリアが、一時停止する。
まぁ、そうだろうな、と思った。
「……あの、エリ様?」
「何?」
「聞いてた中身と違うんですけど」
「ああ、うん」
リリアの言葉を肯定する。
彼女の手に載っているのは……非常に繊細な――そう、反対側が透けて見えるくらい繊細でスケスケの――総レースの下着であった。
「どうも発注元と受注者との間に認識の相違があったらしくて」
「認識の相違」
「毛糸のパンツを頼んだつもりが、そのスケスケが出来上がってきた」
「すり合わせができてなさすぎませんか!?」
それには同意する。
いつも何かにつけて手芸の作品を押し付けてくる某王太子から何かリクエストはないかと聞かれたのだが、たいして編み物に興味のない私にはそもそも「編み物で何が作れるのか」のレパートリーが少なすぎた。
マフラーはすでに彼からもらっているし、手袋は革でないと滑って剣を持つのに支障がある。
髪型が崩れるので帽子はあまり好きではない。
様々な引き出しを引っかきまわした挙句、前世で使っていた毛糸のパンツの存在を思い出した。
パンツといってももちろん下着ではない。
もこもことした、下着の上から履く防寒用のものだ。
出かける予定がない時に防寒具として使おうと思ってのことだった、のだが。
出来上がったと渡されたのが、あの総レースである。
思い起こせば頼んだときに、殿下が妙な顔をしていると思ったのだ。
いや、逆にあの人は私を何だと思っているのか。
頼むか、そんなもん。
こんなものをねだるなんてとさんざん説教されたので、名誉のために認識の齟齬が原因だと説明したものの……最終的には私が責任を持って(?)持ち帰ることになってしまった。
確かに王太子の部屋からこんなものが見つかりでもしたら大事ではある。
結構抵抗したのだが、こういうときにサラリーマンはつらい。
「私は使わないから、あげるよ」
「わたしだって使いませんよ!」
リリアが憤慨した様子で、手に持った下着を広げる。
総レースなだけでは飽き足らず、表面積もなかなか……狭い。
毛糸のパンツと伝えてこれが出来上がる理由がわからない。
間違いなく「毛糸」と伝えたはずなのだが、この極細の糸は毛糸ではない、気がする。
しかし相手は王太子殿下である。
毛糸のパンツなんて見たことがないのかもしれなかった。
さすが王族ともなると、我々下々の者とはご覧になる下着も違うらしい。知らんけど。
その点に関しては、説明不足だった私にも非がある。2パーセントくらい。
残りは歪んだ王太子教育が悪い。
「こんな、こんなの、何も隠せませんよ!」
「私もそう思う」
「体冷えまくりますよ!」
「私もそう思う」
そもそも下着の用途を果たしていない。
じゃあ何になら使えるのかと言われても思いつかないが……オーナメントとして飾るくらいだろうか。
「どうするんですか、この、おパンティー」
「『お』を付けるな」
何故だろう。丁寧なはずなのに「お」を付けられると途端に嫌悪感がこみ上げるのは。
その単語を口に上しているのが絶世の美少女だから、余計にかもしれないが。
「持って帰ってよ。こんなもの部屋に置いておいて、万が一家族に見つかったら緊急家族会議になる」
「わたしもですけど!?」
「最悪の場合は君が遊びに来た時に忘れていったことにするつもりだけど」
「結局わたしが損をしている件について!」
「でも、ほら。良さそうだよ。通気性とか」
「唯一のおすすめポイントが通気性」
しばらくぶちぶち言っていたリリアだが、私が一向に引き取る気がないのを感じ取ったようで、ため息をついた。
「分かりましたよう」
やった。
心の中で諸手を上げた。
ものすごく扱いに困るものを手放すことができた。
まったく、何故あの人は扱いに困る物ばかり寄越すのだろうか。
リリアが手に持ったものを紙袋に戻しながら、独り言ちた。
「ここぞという日に着てくることにします」
「うちに来るみたいな言い方やめて」
「具体的には来年の聖夜とかに」
「風邪ひくよ」





