IF後日談 Side:エドワード
みなさま、たいへんお待たせしております
IF後日談をお届けいたします。
時系列は偽物編終了後、リチャードたちが国に帰ったあとです。
マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、それぞれ世界線はバラバラです。その点お含みおきください。
今回はエドワードの後日談です。
殿下の呼び出しに応じて、執務室を訪れた。
さて、今日の用事は何なのだろうか。お使い程度で済むとよいのだが。
私の方は、今日はいろいろとマーティンに聞きたいことがある。早めに切り上げてあの唐変木の心に決めた相手について揶揄って……もとい相談に乗ってやらなくては。
殿下がいつも通り、執務机越しに私に話しかける。
「どうして、あの男だったの?」
「はい?」
「きみが偽物の婚約者に選んだのが」
唐突に問いかけられて、目を瞬いた。
はて。これは本題に入る前のアイスブレイクというやつか?
それにしたって唐突な気もするが……とりあえず、首を傾げながらも答える。
「一番後腐れがないかと思いまして。彼が国に帰ればそれで終わりですし」
「ふぅん」
私の返事に、殿下がつまらなさそうに呟いた。
何故尋ねておいてつまらなさそうにするのか。立場が逆なら不敬罪で処されても文句は言えない所業である。
殿下がちらりと、私を横目で見上げた。
「それだけ?」
「どういう意味でしょう」
「ああいう男が好みなのかと思って」
好み。
前にもそんな話をされたのを思い出した。あれは……学園のダンスパーティーの時だったか。
殿下は割と少女趣味というか、ロマンチックなものが好きそうなイメージがある。
言うなれば恋バナとか好きそうなタイプだ。惚れた腫れたなんて馬鹿らしい、みたいなことを言っておきながらも、一番拗らせた恋愛をする。そんな気がする。
だからといってその恋バナに私を巻き込まないでほしいが。
そういうのはお友達とやっていただきたい。
ちなみに、私の「好みのタイプ」の公式回答は「私のことを好きになってくれる人」である。
……ん?
私のことを、好きになってくれる人?
はたと気がついた。
それはつまり、私に好きだと伝えてくれた人間が該当するのでは。
脳裏にリチャードの姿が思い浮かぶ。
そういう意味では……彼は私の好みのタイプ、ということになるのだろうか。
だが、顔とか性格が好みかというと、それは違うような。
顔は、まぁイケメン寄りだ。だが性格は口うるさいし、友達ならいいが男女の間柄になりたいかと言われると……
……そもそも男女の間柄になる様がまったくもって想像できない。どう頑張っても私が左側だ。
普通好きなタイプといえば見た目か性格かを指すのであって、この場合、そのどちらでもない気がする。
……あの公式回答、改めた方がいいのかもしれない。
私が思考を巡らせているのをじっと睨んでいた殿下が、やがてため息をついた。
そして自分の髪を指で摘んで光に透かしながら、頬杖をつく。
「髪、もう少し切ろうかな」
「はぁ、お好きにどうぞ」
「ああいう、ざっくばらんな物言いの方がいいなら、私だって」
「……殿下?」
「それとも、妹がいるところ? 別にフレデリックに似ているとは思わないけれど」
殿下が指先で髪を弄びながら、ぶつぶつとまるで独り言のように話している。
私がリチャードのどこを好いているのか探ろうとしているような……そしてそれに反論しようとしているような。
拗ねたような口調が妙に引っかかり、疑問が口をついて出る。
「何故殿下がそのようなことを」
「……さぁ? 何故だろうね?」
殿下がにこりと微笑んで、私を見上げる。
その表情はいつもの、余裕の王太子スマイルなのに、何故だろう。
何となく、怒気が滲み出ている、ような。
「当ててみてよ」
「お戯れを」
「自信ない?」
肩を竦めてさっさと切り上げようとしたのに、そう挑発されてぴくりと眉を跳ね上げた。
決して安い……いや、王太子が相手なので高いのか?……挑発に乗るわけではないが、自信がないかと問われるとそれに頷くのは少々気分を害する。
このクイズにさしたる意味を見出せなかっただけで、自信がないから切り上げようとしているのだと思われては心外だ。
殿下が椅子から立ち上がった。
そしてすたすたと歩いてきて、入り口のドアを背にして、こちらに向き直る。
「いつもいつも、きみときちんと話そうと思うと邪魔が入るから」
かちゃん、と、錠の落ちる音がした。
「まるで何かが、そうさせまいとしているみたいに」
ぼそりと、「聖女にも呪い、あるのかな」と殿下が嘯く。
魔女とほぼニアリーイコールな存在なので、そりゃあ呪いもあるかもしれないが……ここで何故、リリアの話が?
やはり殿下は恋バナがしたいのか?
つまり……私にリリアとの恋愛相談をしたい、ということ……なのか?
それならば前言撤回である。恋バナなら友達としろと思っていたが、あのお騒が聖女を引き取ってくれるなら話は別だ。
殿下はいろいろ用意周到に準備をしそうだし、そのための作戦会議とあれば、いくらでも腰を据えて付き合ってやろうではないか。
「あちらこちらで軟派な真似をしているきみならすぐに分かる、簡単なクイズだと思うけれど」
また挑発的なことを言う殿下。
恋愛相談をしたいならば素直にそう言えばいいのに。
乗せられてやるのは癪だが、ここはひとつ私が大人になって付き合ってやるか。リリアの友人として良きアドバイスができるよう最善を尽くす準備がある。
そう考えて、彼を見下ろす。
殿下はにこりと唇で弧を描いて、言った。
「さて、私がきみの好みを気にするのは何故でしょう?」
何故、か。
簡単だ、私と恋バナがしたいからだろう。そう答えようとしたところで……彼の人差し指が、そっと私の口を塞いだ。
「ヒントをあげるから、よく考えてね」
ヒントをもらうまでもない、そう思うのだが、彼の視線は私に有無を言わせなかった。
やれやれと両手をあげて同意を示すと、殿下が指を離して、私を見上げる。
絹糸のようなまつ毛が、紫紺の瞳を覆い隠した。
「前提として、この話にはリリア嬢も、君の兄さんも一切関係ない」
「え?」
「さて、ヒント1。私がきみに、ドレスを贈ったのは何故だと思う?」
ドレス?
急に話が飛んで、目を瞬く。
一体何の話だ? ここからどう恋バナに繋がる?
「しょっちゅうきみを呼び出して、城を抜け出していたのは?」
話が読めないながらも、何とか彼の出すヒントとやらについて思考する。
何故私を呼びつけるようになったのか。それは、手芸にハマったからだろう。
それを他の人間には秘密にしていたから、私に頼む他なかったのだ。ドレスだってその延長線上だろう。
「きみが他の相手に……リリア嬢に恋をしているんじゃないかと不安になったのは、何故?」
やっとリリアの名前が出てきた。やれやれ、関係ないんじゃなかったのか。
だが……出てきた、ものの。
私の想像していた形とは、違う気がする。
この言い方だと、まるで。
咄嗟に殿下を見る。
まっすぐにこちらを見つめる彼と、目が合った。
「きみとロベルトが婚約していることを、妬ましく思ったのは?」
「殿下、?」
「きみがギルフォードに手紙を送っているのを見て、羨ましくなったのは?」
「あの」
「きみが兄弟に――家族に向けるやさしい眼差しに焦がれたのは、何故?」
畳み掛けるように並べ立てられて、リチャードの言葉が脳裏を過ぎる。
王族はやめとけ、と。
今私の目の前にいるのは……王族の最たる人である。
「朝起きて、きみにおはようを言って、夜眠る前にきみにおやすみを言える。西の国での夢みたいな生活から、帰りたくないと思ったのは……どうしてかな?」
彼を目の前にして、まさかという思いが頭を駆け巡る。
だが、そんな。
そんな素ぶり、一度も……
「私がきみに真っ赤な薔薇の花束を贈ったのは、何故?」
…………なくは、ない。
彼の言葉を聞くたびに、パズルのピースがはまっていくような気がした。
言われてみればそれはそうだろう、というか。
ドレスを贈るのだって、抱きつくのだって、薔薇の花束だって、……例の、アレだって。
普通に考えてみれば、好きな相手にすることだ。
求愛行動と言っていい。
だが、私の脳はその可能性を徹底的に排除していた。
何故かといえば、私はもちろん主人公ではないし、その上こういう見た目で、こういう性格で、……なんというか。
普通に考えたらそんなわけ、ないじゃないか。
「きみが偽物の婚約者に選んだのが、私だったらよかった。そう思うのは、何故だと思う?」
思考が混乱して、頭の中をぐるぐると回る。
何故って、そんなもの、普通に考えたら。
だが、普通に考えたら、そんなこと。
「卒業式の日……私が、きみにキスをしたのは」
殿下の言葉に、思わず彼の唇に視線が向いてしまう。
やわらかくて、あたたかくて、……忘れようとしていた感覚が、一気に甦ってきた。
「どうしてだと思う?」
逃げなくては、と思った。
とにかく今、この混乱した状態で彼と向き合うのは得策ではない。
王族らしく貴族の面倒臭いところを煮詰めたような人だ。無策で相手をしたら、下手をすると丸め込まれる。
だが、この部屋の出口は彼の後ろにある。
彼はドアにもたれて、鍵を、ドアノブを隠すように、そこに立っている。
まさか、これを見越してそこにいたのか、この人。
「ねぇ、リジー」
殿下が私を呼ぶ。
熱い視線が、私のそれを絡め取った。
とりあえず、逃げよう。戦略的撤退だ。
ドアがダメなら窓から出ればいい。それでしばらく、頭を冷やして……いや、もう忘れよう、呼び出されたって来なければ、殿下もそのうち諦めて……
「私を見て」
真剣な口調で言われて、現実に引き戻される。
ごくり、と喉が鳴った。
殿下の指先が、私の唇に触れた。
「答えるまで、帰さないからね」





