IF後日談 Side:リリア
モブどれ6巻の原作者サイン本&アクスタのセットの販売が明日2/25(火)正午までとなっております!
こんな企画をしていただける機会はそうそうない……というかこれ以降ないかも……と思っているので、迷っている方はこの機会にぜひお手に取っていただけますと幸いです!
詳しくは活動報告に載せていますので、そちらもご確認ください。アクスタも素敵に仕上げていただいていますよ!
そんな告知もありつつ、今日もIF後日談をお届けいたします。
時系列は偽物編終了後、リチャードたちが国に帰ったあとです。
マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、それぞれ世界線はバラバラです。その点お含みおきください。
今回はリリアの後日談です。リリアだけご褒美要素が強いかもしれません。
男爵家を訪ねると、リリアが私を出迎えた。
珍しく髪を編み込みにしてハーフアップにしている。着ている服も初めて見たものだ。ずいぶんと気合いを入れてくれたらしい。
ついつい漏れる笑みと共に、感想を伝えておく。
「今日は一段と可愛いね」
「ふぇ」
「私のためにおめかししてくれたの? そうなら嬉しいな」
「だっ、な、っ」
ぼん、とリリアの顔が一瞬にして真っ赤になった。
相も変わらず、打てば響く。響きすぎて心配になるレベルだ。
私の本性などとっくに知っているはずなのに、よく飽きないなと感心する。
「ど、どど、どうしたんですか、エリ様、頭とか打ちました??」
「どうもしてない」
失礼なことを言うリリアに苦笑した。
会うたび会うたびにご褒美のデートはどうしたと騒ぎ立てていたのは自分だろうに、今更何を言う。
「デートなんだろ? 今日はちゃんと甘やかすつもりで来たから。覚悟しなよ」
「ピギェ」
リリアが潰れた蛙のような声を出してしゃがみ込んだ。
一瞬このまま置いて帰ろうかとも思ったが、北の国から無事に帰れたのはリリアの頑張りに寄るところが大きい。
さすがは主人公。私を選んだのだからそのくらいはしてもらわなくては……という気持ちもないではないが、もちろん感謝もしている。
呆れながらも手を差し伸べると、リリアがおそるおそると言った様子で手を乗せた。
それを合図に、再びナンパ系騎士様をインストールし……リリアに向かって、にこりと微笑んだ。
◇ ◇ ◇
その後、リリアをエスコートしてショッピングを楽しんだ。
車道側を歩き、荷物を持ち、歩くペースを合わせて、聞き役に徹する。
可愛らしい髪飾りを見つけたので記念にとプレゼントしてやったところ「墓場まで持っていきます」とか言われてつい「それはちょっと」と素が出てしまった。
カフェで休憩して……もちろん財布を出させるような真似はしない……最後の目的地に向かう。
顔パスで城の門をくぐり、二人で城の庭園を歩く。
メインの庭園ではなく、少し奥まったところにあって、主に城に暮らす人間しか出入りしないような場所だ。
「え、エリ様、エリ様!」
「何?」
「いいんですか、こんなとこ入って」
「衛兵が入れてくれたんだから問題ないよ」
不安気な顔をして私の影に隠れるリリアを連れて、目当ての場所までやってきた。
後ろを振り向いて、リリアの背中にそっと手を添える。
庭園の端、小さな東屋を彼女に向かって指し示した。
「ほら、ここだよ」
「わ、……!!」
リリアが息を呑んだ。
隣で見ていて、明らかにその瞳がきらきらと輝いたのが分かった。
私も最初に案内された時は感動したので、その気持ちは理解できる。
「す、すごい! スチルそのまま……!!」
「でしょ?」
駆け出したリリアが、きょろきょろとあたりを見回した。
走って、少し後退りして、身体の角度を変えて。
スチルと同じに見える場所を探しているようだった。
分かる。私もやった。
東屋の椅子や机をまじまじ眺めているリリアに近づいて、一緒にこの空間を楽しむことにした。
本当にスチルで見たままの風景に、顔を輝かせてはしゃぐリリア。
「王太子推しって言ってたから、気に入ると思ってね」
「今はエリ様一筋ですよう」
「おや、それは嬉しいな」
にこりと微笑んでナンパ系騎士様らしい答えを返すと、リリアがまたぽっと顔を赤くする。
二人で東屋の椅子に腰掛けて、庭園を眺めた。
「探してくれた先生にお礼言っとかなきゃ」
「先生?」
「あの人城をウロウロしてるから、ついでに心当たりの場所を探してもらったんだ」
「わ、わたしのために頼んでくれたんですか……?」
じーんと感動している様子のリリア。
こんなことで喜んでもらえるのならお安いご用だ。実質私はほぼ何もしていないわけだが。
二人で並んで、庭園を眺める。
ざぁ、と風が吹いて、リリアが髪を押さえて、耳にかける。
その様子を何となく横目に眺めて……スマホがあったら写真を撮るのに、と思った。
何をするでもなく、ぼんやりと二人、座っていた。
話していても心地よいテンポで会話が進むが、沈黙も不思議と、苦痛にならない。
気付けば風が少し冷たくなってきたし、もう日も傾きかけている。そろそろ帰らなくては。
視線を感じて振り向くと、リリアが私の横顔をじっと見つめていた。
「ん?」
小首を傾げてご令嬢に大人気のポーズを取って見せれば、リリアが慌てた様子で視線を泳がせた。
今日はデートだし、サービスしてやるか。
そちらに向かって身を乗り出して、リリアの顔を覗き込む。
「どうかした?」
「い、いい、いえ、あの、えと、」
リリアが勢いよく顔を伏せて、スカートの裾を握りしめた。
やれやれ、髪の隙間から見える耳が真っ赤だ。
へどもどしているリリアを見ていると、誰に向けるでもない笑みが漏れる。反応が良いのは嬉しいものだ。
「今日も、エリ様の顔が良すぎて」
「はは」
今度は明確に、リリアに向かって笑いかけた。
「ありがとう。君にそう言ってもらえるのが、一番嬉しい」
「………………………」
「リリア?」
返事がない。ただの屍のようだ。
「おーい、りーりーあ」
「……っは!?」
目の前で何度か指を鳴らして、やっとリリアが息を吹き返した。
「ひ、久々の甘々エリしゃま、破壊力しゅごすんぎぃ……」
「ちょっと、よだれ」
聖女らしくも主人公らしくもない顔をするリリアに、呆れてため息をついた。
ぽーっとのぼせ上がってでれでれと顔を溶かして、せっかくの美少女が台無しである。
これ以上は反応しないことに決めて、ぐっと伸びをして、立ち上がった。
座ったままのリリアに手を差し伸べる。
「名残惜しいけど……そろそろ帰ろうか」
「か、かえりたく、」
「こーら。こんな時間に何やってんの」
リリアが帰りたくないとかそんなことを言おうとしたところで、別の声が割り込んできた。
気配がかなり薄かったが、それも納得の声の主が、そこに立っている。
「もう日が暮れるってのに、女の子2人でウロウロしちゃ危ないでしょーよ」
「ちゃんと送り届けるところですよ」
「あのね、送った後お前はどーすんのよ」
フィッシャー先生がやれやれと頭を掻いた。
そして私とリリアを追い立てるように背中を押してくる。
「ほーら、先生がついてってあげるから。お子様はさっさと帰んな」
「ちぇすとぉ!!!」
その先生の手を、リリアが叩き落とした。
さっきまで屍だったのに、実に元気なものである。
リリアが私の腕にしがみついて、先生を睨みながら牙を向く。
さながら子猫の威嚇のようだった。可愛らしい以外に特に害はない。
「ふしゃー!!」
「え、何、おれ何かした?」
「こういう生き物なんです、お気になさらず」
若干傷ついた様子の先生に、手のひらを向ける。
リリアはふんすふんすと鼻息を荒くして、先生に食ってかかる。首根っこを掴んでこちらに引き寄せた。
「こら、やめなさい」
「は、初恋の人が何するものぞ!!」
「何でおれこんな嫌われてんの?」
「こういう鳴き声なんです、お気になさらず」
リリアを背中に収納して、先生から距離を取った。
送るというのを暗くなる前に帰るからと辞して、さっさとその場を後にする。
気配はついてきていないので、信用してもらえたようだ。
リリアはしばらく黙って私の後をついてきていたが、やがて城を出たあたりで、ぴたりと足を止めた。
どうしたのかと振り返ると、リリアが俯いている。
かがんでその顔を覗き込むと、何やら今にも泣きそうな顔をしていた。
はて、どうしたというのか。
「わたしが、男の子だったらよかったのに」
「それだとBLゲームになっちゃうだろ」
「そうしたら、あんなこと言われないし、……エリ様と結婚できたのに」
「君、私と結婚したいの?」
「したいですよう!!」
怒られた。
そうか、したいのか。
こんなナンパ男に騙されて、気の毒に。
リリアが私のことを好きになったのは、私がそうなるように仕向けたからだ。
早く夢から覚めてほしいのだが……リリアは、そうは思っていないらしい。
リリアが俯いたまま、声を震わせながら言う。
「それでエリ様の隣にいられる確率が1%でも上がるんなら、男の子になりたかったです」
「リリア?」
「どうしたら、わたしのこと好きになってくれますか? どうしたら、エリ様に好きになってもらえますか?」
リリアが顔を上げて、私を見た。
涙の溜まった瞳が、まっすぐに私を貫く。
「そのためなら、わたし……何でもするのに」
切羽詰まったような声で言われて、言葉に詰まった。
何でもするとか気軽に言うな、とか、突っ込める雰囲気ではない。
どうしたら、好きになるか?
そんなこと、考えたこともなかった。
仕方がないので、正直なところを答える。
「そんなの、私だって分からない」
「じゃあ、」
リリアがぎゅっと拳を握る。
長い下睫毛に、涙の粒が引っ掛かっているのが見えた。
こんなちゃらんぽらんじゃなくて……君にまともに向き合えないような奴じゃなくて。
ちゃんとした男を好きになれば、そんな顔をしなくて済むのに。
「じゃあ一回、わたしのことを好きになってみるというのはどうでしょう!?」
「何て?」
「お試しで! 一旦!! 取り急ぎ!! 先っちょだけ!!」
「何の先っちょだよ」
言葉選びが嫌すぎる。
グイグイ詰め寄ってくるリリアを、どうどうと宥める。
やれやれ、どうしてそうなるんだろうか。
「だいたい君のことは別に嫌いじゃないし、友達としては普通に好きだよ」
「普通に嬉しいですけど!! それは!! 違うので!!」
地団駄を踏まれた。
嬉しいんならいいじゃないか、もう、それで。
「エリ様にはわたしのことが好きだという自己暗示をかけてもろて!」
「怖いこと言ってない?」
「まずはわたしのこと好きだって、彼女だって思って一日過ごしてみてもろて!!」
「そんなの」
リリアの言葉に、ため息をつく。
彼女の肩に手を置いて、落ち着きなさいと態度で示した。
「今日は一日そう思って過ごしたよ」
「……へ?」
「君のこと恋人だと思ってエスコートした」
リリアがただでさえ大きな目をまんまるに見開いて、私を見上げていた。
口まであんぐり開けてぽかんとしているので、気まずくなって目を逸らす。
首の後ろに手を回しながら、ややぶっきらぼうに言う。
「何? これも違うの?」
「ち、ちがわない、です」
リリアの頬が赤くなっていく。
普段だったら気分がいいだけのその反応に、今は何だか釣られてしまいそうな気がして、直視するのをやめておいた。
「そ、それで、どうでした? 一日、過ごしてみて」
「君の反応がいちいち面白かった」
「えへへ、どうも、面白れー女です。ってちがぁう!!」
リリアが手に持っていた鞄を地べたに叩きつけた。
罪のない鞄が可哀想だ。
拾ってやると、鼻息を荒くしたリリアがずずいと顔を近づけてきた。
「そ、その面白さを毎日味わってみるのはどうでしょう!?」
「君塩ってても喜ぶからなぁ」
「ぐぬぬぬぅ」
リリアが口を噤んだ。
図星らしい。
しばらく悔しそうに唇を噛み締めていたリリアが、はいっと勢いよく右手を挙げた。本当に元気なものだ。
「じ、じゃあ! わたしがエリ様に塩られても、甘やかされても! 『ふーん』って感じの対応するようになったらどうですか!?」
「え?」
「寂しくないですか!? つまんなくないですか!?」
今度は私が目を瞬く。
そんなリリアは想像出来なかったからだ。
私が何をしても穏やかに微笑むだけのリリアをイメージして……いまいちイメージ仕切れないが……まぁ、多少の物足りなさは否めない、と思う。
「それは、まぁ、そうだな」
「はい!!!! それ!!!! そこに!! ラブコメの芽、略してラブコ芽がありますよ!!!!」
リリアがぱちーんと手を叩いて、両手の人差し指でこちらを指差してくる。
人を指差してはいけない。
反応を物足りなく感じただけでラブコメが生まれてたまるか。
「あんまりそんな気はしないんだけど」
「それはエリ様がにぶちんだからです!!」
「やっぱり私って鈍いのか」
「う、嘘でーす! 鈍くないでーす!!!!」
最近気づいた己の鈍さに悩み始めたところ、リリアが大慌てで否定してきた。
私のことを好きらしいリリアがこうも必死に否定してくるところを見ると、何となく本当に私が気づいていない何かがあるんだろうというのを察してしまう。
知りたいような、知りたくないような、微妙な気分だ。
謎の動きで誤魔化そうとしているリリアに、ふっとついつい笑ってしまった。
面白い女、という例のあれ、そういう意味じゃないだろうに。
「恋愛とかとは違うけど」
リリアの、琥珀色の瞳を見つめる。
くるくる変わる表情は、見ていて飽きない。
一緒に話をするのは楽しいし、隣にいて何となく、しっくりくる。
そういう関係性というのは、得難いものだ。
「もし前世の私に、君みたいな友達がいたら……前世のこと、もうちょっと覚えてられたかも」
「え、」
「とか。そんなことは思うかな」
そこまで言って、いささか照れくさくなった。
さて先生との約束もあるしさっさと帰るかと踵を返したところで、何やら背後で、派手に人が倒れるような音がした。
振り向けば、リリアがその場に膝をつき、崩れ落ちている。
「そ、」
「うん?」
「そんなん、もう、実質プロポーズですやん……!!!!」
「すぐ実質とか言うのやめなよ」





