6LDKフリー素材
あけましておめでとうございます!
今年もモブどれをどうぞよろしくお願いします!
活動報告にあった小話を引っ越しました。
時系列としては、第2部第5章西の国編の「98.趣味かな」あたりです。
エリザベスの腹筋がフリー素材だという話をしています。
「私の腹筋は誰にでも見せてもいい類のものだから。そんなことでいちいち責任取ってたらキリないぞ」
「誰にでも見せるなって言ってんだよ、こっちは!」
ギャーギャー騒ぐリチャードに、私は軽く肩を竦める。
私が腹を出すことを何故そんなに気にするのか。お母さんかお前はと聞きたい。
……まぁお母様に至るところで腹部を露出していることが知れたらとても怒られそうな気がするが。
字面だけ見ると露出狂である。
違うんですお母様。需要があるんです、私の腹筋には。
なおも文句を言うリチャードを適当にあしらっていると、リリアが「はいっ!」と元気よく手を挙げた。
「ふ、フリー素材なのにわたしが見たことないのはおかしいと思います! 看板に偽りありです!」
今その話はしていない。
リリアがぐいぐいと私に詰め寄ってくる。
「わたしもエリ様の無修正腹筋見たいです!!」
「何か言い方が嫌だな」
ちょっと引いてしまった。
見た目が絶世の美少女なだけに、そういった類の単語を口に上されるとものすごく嫌悪感がある。
あと途端に見せにくくなるからやめてほしい。
一向に腹部を見せようとしない私に焦れたのか、リリアがさらに一歩詰め寄ってきた。
「ほ、ほんとは出し惜しみしてるんじゃないんですかぁ?」
「出し惜しみって」
「あー、そういえば、こっちに来るとき筋肉落とすとか言ってましたし、おすし? もしかして今言うほど筋肉なくてお見せできないとかぁ??」
「…………」
リリアがわざとらしく腕を組んで、ふふーんと鼻で笑いながら私の顔を覗き込む。
やれやれ。そんな安い挑発に乗るとでも思われているのだろうか。
リリアに向かって微笑みながら、ジャケットから腕を抜く。
「リジー」
「姉上」
殿下とクリストファーにめちゃくちゃ睨まれたので、まくり上げようと掴んでいたシャツの裾を離して両手を上げた。
2人とも誤解をしている。私があんなに見え透いた挑発に乗るものか。見くびってもらっては困る。
それはそれとして少々暑かったのでシャツの下をこうばさばさとやって風を送ろうかなと思っただけだ。
大人しく――いや、何故か目は爛々と輝いて口ほどにものを言っているので「大人しく」と言って差し支えないのかは分からないが――私たちの様子を見ていたディーが、一歩こちらに踏み出した。
「エリザベス様、いけませんわ。殿方の前で気安く肌をお見せになっては」
「はぁ」
「ですが女の子同士なら何の問題もございませんわよね!」
「え?」
ディーがにっこり笑って私の手を取った。
「わたくしも拝見したいですわ! 後学のために!!」
「後学?」
「な、ならあたしも! どのくらい鍛えてるか見てあげるわ!」
「……えーと」
マリーまで興味津々と言った表情でこちらに寄ってくる。
いや、私の腹筋はフリー素材でこそあるが、リリアの言う通りベストコンディションでないのも事実だ。
とはいえ女の子たちにこんなに需要があるのであれば、お見せするのは全くやぶさかではないが。
これは決して私が露出狂とか脱ぎたがりとかそういうことではなく、需要にお答えしているだけである。
私の腹筋などまだまだ発展途上、6LDKには程遠い仕上がりではあるが、それはそれとして求めがあるならそれに応じるのが持つ者の義務というところだろう。
「まぁ、別にいいけれど」
「ではこちらへ」
「ちょ、ダイアナ、マリー!?」
「あら、兄様はいけません」
私の手を引いたディーを、リチャードが呼び止めた。
ディーは彼の顔を見上げて、にっこりと笑う。
「殿方はそちらでお待ちになっていて」
その笑顔に有無を言わせぬ圧力を感じた気がして、背筋が寒くなった。
◇ ◇ ◇
「まぁっ! す、すごいですわ……」
「いやぁ、それほどでも」
別室でシャツをめくりあげると、ディーが歓声を上げた。
他の2人も私の腹筋を食い入るように見つめている。
もっと見ていいんですよ。もっと褒めてくれていいんですよ。
「あの、触っても?」
「構わないけど」
ディーがそろそろと私の腹部に手を伸ばす。
ごくりと息を飲んで、彼女が指先でへその横あたりを押した。
ご期待に応えるため、腹部に力を入れておく。
「硬いのですね……!」
「あたしも結構鍛えてるけど……こんなに違うのね」
「ふおおおお」
「ちょっと、くすぐったい」
約1名が鼻息も荒く容赦なしでぺたぺた触ってくるものだから、手を放してシャツを下ろした。
その顔、本当に聖女がしていい顔か? 聖女以前に女の子がしていい顔ではない気がする。
少なくとも美少女にその顔をされると非常に残念な気持ちになるのは確かだ。
「あの、お背中の方はどうなっているのでしょう?」
「背中?」
きらきらした瞳で聞かれて、首を捻る。
背中には鬼神が宿っているし肩にはちっちゃいジープが乗っているが……
いや、仕方がない。
観客の皆さんがご覧になりたいというのだから、応えるのがエンターテイナーというものだろう。
広背筋をご覧いただくためにシャツを脱いで振り向くと、3人ともこちらに背を向けていた。
「だ、だめです! これはいけません!!」
「わ、わたくしもなんだが、すごくいけないことをしている気分になってきましたわ……!」
何でだよ。
見たいと言ったくせに両手で目を覆う2人にため息をついた。
だいたいシャツを脱いでも下にさらしを巻いている。
チューブトップのようなもので、現代日本だったらこのくらいの露出度でウロウロしている女の子なんて掃いて捨てるほどいるだろう。
今世にしたって、貴族のご令嬢は一人で着替えることなど基本的にない。侍女に手伝わせるのが普通だ。
他人に裸を見られることへの抵抗は、何なら現代日本人よりも薄いはずだが。
マリーはそっぽを向いたまま、ちらちらこちらに目をやりつつ、小さく言う。
「ちょっとは躊躇いなさいよ」
「見られて困るような体はしてない」
軽く肩を竦めてみた。
ボディーランゲージも虚しく、誰もこちらを見ていない。どころか全員固まって、じわじわ壁際に逃げていく始末だ。
脱がせておいてなんだ、その態度は。
「せっかく脱いだのに脱ぎ損じゃないか」
「ぎゃーッ、ちょ、ち、近い、近いですって!!」
「失礼だな」
「い、いけませんわ、こんなのいけませんわーッ!!」
きゃあきゃあと騒ぐ3人を壁際に追い立てていると、ドアが開いた。
「おい、何だ今の悲鳴、」
「……あ」
リチャードと目が合った。
一拍置いて……雑巾を引き裂くような男の悲鳴が城内に響き渡る。
大きな音を立てて勢いよく扉を閉じられた。
扉の向こうから、ほとんど悲鳴のような叫びが聞こえてくる。
「服着ろ!!」
「人を露出狂みたいに言うなよ」
「似たようなもんだろうが!!」
失礼な。
私はお宅の妹さんたちにひん剥かれたと言っても過言ではないのに。
「ていうか鍵閉めろよ!!」
「生まれてこの方閉めたことがない」
「嘘つけー!!」





