次期人望の公爵(マーティン視点)
活動報告にあった小話を引っ越しました。
時系列としては、「第2部 第5章 西の国編」の途中くらいです。
お留守番をしているマーティン視点のお話です。
たぶん年内のモブどれ更新はこれで終わりなのでこちらに書いておきます!
本年もたいへんお世話になりました!
来年もエリザベスたちのことをどうぞよろしくお願いいたします。
「レンブラントくん」
警護のために公爵家の門の前に立っていると、声をかけられた。
まるまるとよく肥え……いや、少々ぽっちゃりとした人影が視界に映る。
透き通るような金髪に、ふにゃふにゃと見ているこちらの気が抜けそうな表情。次期公爵であるところの、フレデリック・バートン伯爵である。
妹とまったく似ていない、と思った。
髪の色は確かに似ているかもしれないが、顔つきから纏う雰囲気から、何もかもが違う。
どうしたらこの人畜無害そうなお人の妹がああいう鬼畜有害になるのか、理解に苦しむ。
「バートン伯。どうされましたか」
「よかったら、中で一緒にお茶でもどうかな?」
バートン伯がこちらを見上げる。
先ほどまで瞳が細められていたし、そうでなくとも頬の奥に埋もれかけているので気づかなかったが、晴れた空のように見事な青い瞳だ。
色が似ていてもこうも抱く印象が違うのかと驚く。あいつのそれはもっと……こう、澱んでいる気がする。
「いえ、自分は」
「せっかく領地から戻ったのに、リジーもクリスもいないんだもの。何だか寂しくて」
困ったように眉を下げて笑うバートン伯。
貴族には珍しい、表情と言葉と感情が一致しているタイプのようだ。
微笑の裏で怒る我が主や、いつもへらへらと人を食ったような態度のあいつと違って。
「取り寄せていたお菓子も届いたんだよ」
「はぁ」
「おいしいものは、誰かと一緒に食べた方がもっとおいしくなると思うんだ」
にっこりと邪気のない笑顔で言われると、何となく調子が狂う。
結局彼に手招きされるまま、バートン邸に脚を踏み入れることになった。
◇ ◇ ◇
「いつもリジーと仲良くしてくれてありがとう」
別に仲良くはしていない。
非常に不本意な言葉に、知らず知らずのうち、眉間に皺が寄る。
自分の表情の変化を気にも留めず、彼はにこにこと機嫌良く微笑んでいた。
こういうところは少しばかり、妹と似ているかもしれない。
「リジーから、よく遊んでもらってると聞いてるよ」
遊んでいない。
遊んでいるとしたらあいつが勝手に自分をおもちゃにしているだけだ。
取り寄せたという菓子を幸せそうにかじる彼を見て、自分もカップに手を伸ばす。
自分の主人である王太子殿下の側近候補だ。執務室ではしょっちゅう姿を見かけている。だが、こうして2人でじっくり話をするのは初めてだった。
もちろん殿下と仕事をしている姿は見ているし、あの方が身近に置いて親しくしているくらいだ、優秀なのだとは思う。
だが……皆が口を揃えて褒めるほどだろうか? と思った。
特にあいつからは耳にタコができるほど兄の自慢話を聞かされているが……あれで自他共に認めるブラコンだそうなので、実際以上に兄のことを良く語っている可能性もある。
「リジーはおてんばさんだけど、根は家族想いのいい子だから」
オテンバ?????
一瞬頭の中に言葉が入ってこなかった。
自分の知っているそれとは意味が違うのかもしれない。
「だから、ありがとう。僕の……この家の警護を、引き受けてくれて」
「え?」
「本当はエドと一緒に行きたかったでしょう?」
バートン伯がおずおずと自分を見上げる。
自分は王太子殿下付きの護衛だ。普通であれば主人と共にありたいと思うものだろうが……今回は訳が違う。
だが、お宅の妹さんと殿下に挟まれるのは嫌だから助かりました、などと、口が裂けても言えそうにない。
内心で冷や汗をだらだらかきながら沈黙する自分をどう受け取ったのか知らないが、バートン伯がふっと真剣な瞳をした。
「リジーは、結構心配性なところがあるから。君が我が家を守ってくれていなかったら、……安心して国を離れることはできなかったかもしれない」
「はぁ」
「僕も、父も。実はリジーのこと、頼りにしているところがあって。僕たちは剣術のほうは、リジーと比べたら全然だから」
誰と比べてもあいつのそれは異常なので、それを基準に考えない方がいいと思う。
だいたい貴族であれば護衛を雇うのは当たり前のことで、それを自給自足で済ませようという考えがそもそもおかしいのだ。
「でもね、リジーもいつかは……家を出るかもしれないから。いつまでも頼ってばっかりじゃ、ダメだよね」
瞳を伏せるバートン伯。
……が、おそらく本人に家を出る気はまったくないと思う。
以前も「学園を出たら訓練場で雇ってもらえないかな。家から通えるし」とか何とか言っていた。
就職以外で家を離れるとなると、一般的には結婚なのだろうが……自分の主以外にあれを嫁に迎えたいという物好きがそういるとも思えない。
「ああ、ごめんね、なんだか僕一人で話しちゃって」
「いえ」
「レンブラントくんって、聞き上手だよね」
そう言われて、目がひとりでに開いた。
そんな風に言われたことはなかったからだ。
「だからリジーも懐いてるのかな。ついつい聞いてもらいたくなっちゃう」
「自分は、」
ふにゃりと相好を崩す彼に、つい咄嗟に言い募った。
「つまらないと、よく言われるのですが」
「え?」
目の前の御仁がぱちぱちと目を見開く。
そして悲しそうに……本当に、自分ごとのように悲しげに眉を下げて、自分の顔を覗き込んでくる。
「そんなひどいこと、誰が?」
「ええと。見合い相手の、ご令嬢とか、でしょうか」
「うーん。それは単に、相性の問題じゃないのかなあ」
面食らって答える自分に、前のめりになっていた彼は浮かせかけた腰を椅子に戻した。
不思議そうに首を傾げて、顎の辺りに手を当てる。
その仕草は、自分のよく知る誰かに似ていたが……彼女のようなわざとらしさは感じられなかった。
「だって僕はそうは思わなかったもの。レンブラントくんは確かに静かにしていたかもしれないけど……ちゃんと聞いてくれているのも、考えてくれているのも伝わってきたよ」
「え?」
「ああ、きっとお相手も緊張してたんだね。それで、レンブラントくんの様子を見る余裕がなかったのかも」
ぽんと手を打つバートン伯に、今度は自分が目を瞬く。
待ってくれ。
それだとまるで自分がきちんとした人間のようだが、まったくそんなことはない。買い被りだ。
何ならそちらの妹さんがしばらく帰ってこなければいいのにと思っている人間だ。
何となく、そわそわした落ち着かない心地がする。
「だとしたら勿体ないよね。きっと緊張せずにお話ししていたら……お互い、良いところに気づいたかもしれないのに」
バートン伯がふわりと微笑んだ。
そんな風に、まるで、自分にも良いところがあるのが当然のように、言われるとは。
そしてその、見るものをほっとさせるような笑顔には、邪気もなければ含みもない。
他人の腹の中を読むのが苦手な自分ですらわかる。
この御仁が、心からそう思って言っているのだと。
あまりの衝撃に慄いた。
この人、まさか本当に……善人、なのか!?
あいつの、兄なのに!?
次期公爵なのに!?
王太子殿下も、殿下の執務室に出入りするような貴族も、貴族らしく腹の探り合いや、言葉に裏の裏があるような話し方をする人間がほとんどだ。
そういう人間ばかりを見てきた自分にとって、バートン伯の存在は非常に異質なものに思えた。
何となく、庇護欲を掻き立てられる。このまま、善人のままでいてほしいものだと思った。
というか国内随一の高位貴族の跡取りが、こんなに掛け値無しの善人で……果たして、大丈夫だろうか。
いや、あの王太子殿下の側近という意味では……信頼のおける腹心の部下という意味では、これ以上の人材はいないのかもしれない。
殿下が彼を重用する理由の一部を、垣間見た気がした。
よかった、好いた相手の兄だからとかいう血迷った理由じゃなくて。本当に。
「なんて、お見合い連敗中の僕が言っても、あんまり説得力がないかもしれないけどね」
気まずそうに頬を掻くバートン伯に、首を横に振ることしかできない。
こんな優良物件を放置するとは、この国の女どもは何を考えているのだろうか。
彼の5億倍ほど……いや、0には5億をかけても0だとは思うが……性格が悪いにもかかわらず女性にモテまくっている男装令嬢を思い出し、ついついため息が出そうになった。
いくらなんでも見る目がなさすぎるのではないか。
やはり顔が良ければ中身など何でもいいのだろうか。
「いけない、また僕ばっかり話しちゃったね」
「いえ、自分は」
「そうだ! せっかくだからリジーの小さい頃の絵姿とか、見る?」
「え?」
「ちょっと待っててね」
止める間もなく、バートン伯が近くに控える執事に声をかけた。
幼少期のあいつなどどうせ今と大差ない。特に興味はなかった。
だいたい最初に会ったのが確かあいつが12、3の頃だ。
十分に「小さい頃」の範疇だが、その時点でそもそも別に小さくなかった時点でお察しだろう。
だが、執事が持ってきた絵に描かれていた彼女の姿は、そんな自分の予想を大きく裏切るものだった。
絵姿に描かれていたのは、普通の女の子だった。
家族が揃ったところを描いたものだったが、後ろにいるのがバートン公夫妻、ころころむちむちしているのはバートン伯だろうから、バートン伯の隣の女の子こそが「エリザベス・バートン」であることは間違いない。
「これがリジーが6歳で、僕が10歳の頃。ふふ、可愛いでしょう」
バートン伯の言葉に、頷く。
金髪で、目が青い。絵姿だから美化されているのだろうが、少々気の強そうな、可愛らしい女の子だ。
これなら「お転婆さん」という表現も受け入れられる。
だが、このお嬢さんがああいう仕上がりに成長するなどと、俄には信じ難かった。
「昔は『お兄様と結婚する!』って言ってくれたりしててね。今も可愛いけど……この頃もすっごく可愛かったんだ」
幸せそうに頬を緩ませるバートン伯。
「お兄様と結婚する」は今でも言いそうな気がしたので、どうやら本当に同一人物らしいと諦めがついた。
「それでこれが、クリストファーがうちに来た頃。10歳くらいかな?」
見せられた絵姿にまたも驚愕する。
そこに描かれていたのは、自分の知るエリザベス・バートンを、少し小さくしたような少年だったからだ。
隣に立つストロベリーブロンドの男の子が「クリストファー・バートン」だろう。養子の弟がいると彼女から話には聞いていたが……並んでいると彼の方が女の子に見える。
その横に立つバートン伯は変わらずもちもちぽよぽよしていた。それはそれで変わらなすぎだろうと思った。
6歳から10歳の間に、何がどうなってこれだけの変貌を遂げるのか。
まったく理解できなかった。
呆然としている自分に、バートン伯がにこりと微笑みかける。
「この頃も可愛いでしょう。この頃から一段とおてんばさんで、困っちゃうこともあったけどね」
その言葉に、頭は頷くことを拒否していたが……バートン伯の笑顔があまりににこにこと嬉しそうなものだから、渋々自分は首を縦に振った。
あいつが「お兄様には弱い」と言っていたのを思い出した。
これは確かに……抗い難い。
結局その後もたっぷり弟妹自慢に付き合わされたが、終わってみればそう悪い気分でもなかった。
不思議なものだ。
これが人望というものなのだろうかと考えながら、護衛の任に戻った。





