エピローグ(4)
「リチャードさんも、もしかしたら、って」
「そうは見えなかったけど」
リリアの言葉に、リチャードの様子を思い出す。
まっすぐ真面目な顔をしていたが――たとえばリリアの魅了にかかった人間のような、ぽーっとした様子はなかったように思える。
顔は赤かった気もするが、彼はすぐ赤くなるタイプのようだからな。
首を捻る私に、リリアが続ける。
「た、たとえば、ですよ? エリ様が、たとえば? もしかして? そのリチャードさんの言う通り? 他の人にも好かれていたとして」
やたらと念を押された。どういう意味だ。
何か隠したいことでもあるのかと思うレベルだ。
「それって……『人望』の力じゃないって、言えますか?」
妙に真剣な顔をするリリアに、彼女がまだ会ったばかりの頃に、涙ながらに話していたことを思い出す。
見た目ばかりで、聖女だというばかりで、誰も自分の中身など見てくれないと。
きっと主人公なりの悩みがあるのだろうと思って受け取っていた。
イージーモードな彼女の悩みなど私には関係ないと思ったからだ。
そしてそれは、今も変わらない。
「そうだなぁ」
立ち上がって、テーブルに手をつき、リリアの方に身を乗り出した。
もう片方の手を伸ばして、リリアの髪に触れる。顔の横の髪を指で掬って、そのまま耳に掛けてやる。
リリアの顔があっという間に真っ赤になった。まるで茹蛸のようだ。
そのまま顎を摘まんで、その瞳を覗き込む。
「確かに目はハートになってるかな?」
「あ、あう、そ、そそ、そうか、もぉ??♡ ……って違ぁう!」
一瞬めろめろと顔を溶かしていたリリアが、はっと我に返って私の手を振り払った。
何とか我に返ったようだが、かなりぎりぎりの勝負だったように見える。もう少し押せばイケそうだった。
毎度のことながら気分がいいと同時に、予想以上にチョロくて心配になる。
「わたしには効かないんですよ! エリ様にはトンチキとかお騒がせとか散々言われてますけど! 大聖女ですよ、こちとら!!」
「トンチキじゃなくてトンデモ」
「一緒な件!!」
リリアがじたじたと暴れている。
ふっと苦笑して、椅子に腰かけ直した。
主人公だから、優しくされて、愛される。
魅了の力があるから、優しくされて、愛される。
それが「自分自身」に対するものでなくてもよいのか、と。
リリアがしたかったのは、そういう類の問いかけなのだろう。
「さっきと同じだよ」
だがそんなことを私に聞いても、答えなど決まっている。
大事なのは過程ではなく、結果だ。
「一番肝心な君に効かないんだったら、結局あってもなくても同じだろ、そんなもの」
「うぐ」
「君が私のことを好きになったのは、魅了とか人望じゃなくて……私個人の努力によるものだ。だからそれで、十分なんだよ」
リリアが目を見開いた。
私がリリアに出会うまでの十年、積み重ねてきたもの。それがきちんと、結果を出した。
それが私にとってはもっとも重要で――他の、たとえばクラスの女の子たちがきゃあきゃあ言ってくれているのが魅了の力だろうが何だろうが、どちらでもよい。
いや、まぁそれも努力の成果だろうとは思っているが。
「私は私の努力で、攻略対象の座を手に入れた。そう思った方がずっと、精神衛生上いいからね」
「……エリ様」
リリアが俯いた。
私に紅のつむじを向けて、ぽつりと言う。
「わたし以外に攻略されるエリ様、地雷です」
「何だよ、突然」
「地雷、ですけど」
ばっと勢いよく顔を上げたリリアと、目が合う。
まっすぐ真剣に、どこか必死な顔をしていた。
「もし、もしですけど。ロイラバ2の攻略対象になるなら、どうします?」
「え?」
「エリ様なら、どうするのかなって」
もし、私がロイラバ2の攻略対象になるなら、どうするか?
顎に手を当てて、思案する。
ロイラバ2は今から4年後。その時主人公は16歳で、私は22歳。
攻略対象らしさを考えるなら、訓練場よりも騎士団にいた方がいいだろう。騎士様ブランドはやはりあなどれない。
2の攻略対象には我が国の王子はいなかったし……2人とも無印で使い果たしているのだから当然である。代わりに他国の王子が起用されている……接点の多さを考えるなら近衛よりは他の師団がいい。
2のパッケージに大きく描かれているメイン攻略対象は、騎士を志す公爵家嫡男と、彼にライバル心を燃やす子爵家の養子という布陣だった。
それならば、おいしいのは、その師匠のポジションだろう。主人公がどちらのルートを選んでも絡んでいける。
どこかの師団に所属する現役騎士で、訓練場に時々指導に顔を出して、攻略対象を通じて主人公と交友を深める。
2の段階では攻略できないが、人気が出たらファンディスクで攻略可能になりそうなキャラ造形としてなかなかの完成度ではないか。
あとは有名どころの声優さえ起用できれば細工は流々、確定演出一歩前だ。
そこまで考えたところで、リリアがやけにニマニマと嬉しそうにしているのが目についた。
いや、鼻についたと言えるくらいにニヤついている。
さっきまでやたらと思いつめたような顔をしていたというのに……何やら、怪しい。
じとりと睨んでみると、リリアがびくりと肩を跳ねさせて、あからさまに視線を右上に逃して気付かないふりをする。
人間が右上を見る時は自分の記憶にない何かを思い浮かべようとしている時だという。
つまりこの聖女、何かを企んでいる。
化けの皮を剥いでやろうと、机に頬杖をついて彼女の顔を覗き込んだ。
「地雷なんじゃないの?」
「え、えへへ〜?? そんなこと言いましたっけ~??」
「ふぅん?」
首を傾げて、目を細める。
ご令嬢たちに大好評リピート率No.1の、軽薄な微笑を浮かべてリリアの瞳を見つめる。
「私が他の主人公に攻略されてもいいんだ?」
「い、嫌ですけどぉ!!!!」
秒で降伏した。本当にこんなにチョロくて大丈夫だろうか。私が勧めたら水でも買いそうだ。
リリアが再び、胸の前でツンツンと指を突き合わせる。
「地雷、ですけどぉ……変な男とお見合いとかされるより、まだマシっていうか」
「そんな予定はないけど」
「わたし、……前を見てるエリ様がすき、ですから」
リリアが呟く。
今度は私が目を見開く番だった。
前世の話が出来ることもあり、ついリリアにはいろいろと相談してしまっている。
近頃進路だなんだとぼんやり考え込んでいることの多い私を、彼女なりに心配してくれていたのだろう。
確かに「次作の攻略対象」とかいう明確な目的があった方が、私にとっては生きやすい。
それに向かってまた努力をすればいいだけなのだ。漠然と「将来」なんてものを考えるよりも、よほどやりやすいはずだ。
何かを企んでいるかと思いきや、私のためを思って考えてくれていたというわけだ。
困ったところも多いが、やはり持つべきものは同郷の友人、というところか。リリアも大人になったものだ。
「そ、そしたらそれまで、わたしがエリ様を攻略する時間的余裕が生まれますし? おすし??」
危うくずっこけるところだった。
そっちが本音じゃないか。
さすがは腐っても主人公、余裕でしっかり企んでいた。少し感動したのを返していただきたい。
「エリ様、結構付き合いの長い相手に弱そうなので。時間をかければイケそうな気がするんですよね」
「本人に言うなよ、それを」
つい苦笑してしまう。
付き合いの長い相手に弱いというか、身内に甘い自覚はあるが。
もちろん見目の良い人間には感動するが、それだけで友人以上の関係になろうとは思ったことがない。
というかこの世界、乙女ゲームだけあってメインからモブまで見目のよい人間の比率が高すぎるので、それで相手を選んでいたらきりがないだろう。
「まぁ、たぶん一目惚れとかするタイプじゃないんだろうな、私」
「そんな気はしてます」
「だから心配いらないよ。初対面の見合い相手と電撃婚、みたいなことにはならないと思うから」
「……だから心配なんですけどぉ」
リリアがテーブルに頬杖をついて、何やらため息をついた。
そして私に向き直ると、ふんふんと鼻息を荒くする。
「ちゃんとわたし、頑張りますから。4年でも、10年でも。だから、余所見しないでくださいね! ね!?」
「保証はしかねる」
「もう!!!! エリ様のいけず!!!! すかぽんたん!! にぶちん!!」
リリアがぽかぽかと私の肩を殴るが、まったく痛くない。
痛くはない、が。
「……やっぱり鈍いのかな、私」
「わー!!!! 待ってください、今のなし!! なしです!! スケコマシに訂正しますぅ!!!!」
これにて「偽物編」は完結となります!
そして偽物編の完結を持って、第二部も今度こそ完結です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
この後のことはまだ考え中ですが、まず番外編をいろいろ書きたいなと思っております。詳しくはあとがき的な活動報告を書きますので、ご興味ある方はそちらをご参照ください!
それでは、今日はこのあたりで。





