エピローグ(3)
エピローグが長くて恐れ入ります……!
次で最後の予定です。
「エリ様に魅了の話を初めてした時……『エリ様にはもっと魅了が効くはずなのに』って話したの、覚えてます?」
「覚えてない」
「あの時から――もしかしてって、思ってたんです」
リリアがわずかに瞳を伏せた。
どんな話をしたか、詳しくは覚えていない。
だがリリアが――聖女が魅了の力を持っていると聞いたのは、私がリリアにネタバラシをしてからそう経っていない頃だったはずだ。
その頃から、リリアは。
お兄様に魅了の力があるのではと考えていた……ということか。
「魅了って、耐性が出来るらしいんです。だから親兄弟には効かないんです。だから、エリ様の近くに、魅了の力がある人がいるんじゃないかって。それが――『人望』なんじゃないかって」
リリアが顔を上げて、私をまっすぐに見つめる。
琥珀色の瞳に、目を見開いた私の姿が映っていた。
「エリ様のお兄様、わたしに会っても、目がハートにならないし。魔女の力で皆がエリ様のことを忘れても、覚えてた。あの時エリ様のことを覚えてたのって、わたしとレイちゃんだけで。つまり、聖女の力を持っていた人だけなんですよ」
お兄様の姿を思い浮かべた。
ただ一人、私のことを覚えていて……すっかりやつれてしまったお兄様の姿を。
戻ってからというものこの世に占めるお兄様の体積を増やすべく努力してきた甲斐もあってだいぶんもちもち度が増してきたが、まだ全盛期には程遠い。
「それで、今回。公爵家の誰も、――あの、怨霊に取りつかれなかった。それって、エリ様のお兄様に、聖女の力が――魅了の力が、あるからなんじゃないかって」
「魅了、ね」
「人望の公爵家の『人望』の正体って、そういうことなんじゃないかって」
リリアの言葉を、噛み砕いて飲み込んだ。
お兄様の、人望の公爵家の持つ「人望」。
それが、たとえば魅了の力によるものだったとしたら。
――だとしたら?
そこまで思考して——私は、考えるのをやめた。
それが必要ないと分かったからだ。
リリアと真正面から向き合って、言う。
「それがどうかした?」
「……うぇ?」
「私はお兄様の家族だ。仮にお兄様にそんな力があったとして――君の理論なら、私にはその効果がない」
「そ、れは、そう、ですけど」
リリアが頭から疑問符を飛ばしながら、こてんと首を傾げる。何が言いたいか分からない、という顔だ。
それを受け流しながら、私はティーカップを口元に運ぶ。
「私には、それで十分だよ」
まだはてなを浮かべているリリアに、ふっと思わず笑みが漏れた。
私は自分が一番大切だ。自分の気持ちが、一番大切だ。
他人のことなどどうでもよい。他人の気持ちなど、どうでもよい。
私がお兄様に感じているのは、お兄様が私にしてくれたことへの感謝であって、家族への愛情であって……それはすべて、私の気持ちだ。
これは私だけのものだ。
他の誰にも、魅了にも、干渉させない。
それがはっきりしていれば、他は私にとっては、取るに足らないことだ。
そもそも魅了が効きにくいネームドキャラである攻略対象たちもお兄様の人望には抗えないようなので、お兄様が愛されている所以というのはやはりあの人柄であって、結局のところモブ特攻の魅了などあってもなくても、たいして関係ない気もする。
「お兄様が私のことを覚えていたのだって、単に『愛の力』かもしれないだろ」
「あ、愛!?」
「家族愛」
素っ頓狂な声を出すリリアを睨んだ。
愛で何が悪い。家族愛だって立派な愛だろうが。
お兄様だけが私のことを覚えていた。その理由の本当のところは、私には分からない。
たまたま私を探して国境付近をふらふらして、北の国側に入っていたからかもしれないし、リリアの言う通り魅了の、聖女の力があるのかもしれない。
だが――本当に、家族愛によるものかもしれない。
かの世界的に有名な魔法学校を舞台にした小説でも、幼い主人公を死の魔法から守ったのは、母親の愛だった。
それがあったからこそ額に稲妻の傷がある彼は「生き残った男の子」たりえたわけである。
況やここは乙女ゲームの世界。「愛」とやらが何よりも強い力を持たなくては、格好がつかないだろう。
それこそ、「真実の愛」とやらが、何をおいても最も強い。そうであるべくして作られた世界のはずだ。
「で、でも、それだとわたしの魅了が効かない理由にならないような」
「お兄様は全人類に対して博愛主義だから。全人類が心に決めた人、みたいな。そういうことじゃない?」
「エリ様ってお兄様のことになると途端にポンコツにな、い、いひゃい、いひゃいれふエリひゃま」
「君がどう考えるかは勝手だけど、私がどう考えるかだって自由だろ」
大げさに騒ぐリリアの頬を軽く抓りながら、言う。
「それで? 話はこれで終わり?」
「い、いえあの、本題はこっから、っていうか」
リリアが何やら口ごもって、言葉を切った。
ちらりとこちらを見上げるので、頷いて続きを促した。
「エリ様も、公爵家のひとじゃないですか」
「前世はともかくね」
「……だから、エリ様にもそういう『人望』が、あったりするのかも、みたいな。わたしが言いたいのは、そういう話です」





