8.悪いのは性格です
「そうだ、リジー。これ、持っていってくれないかな」
もはや見慣れた、殿下の執務室。
早朝から殿下のお買い物に付き合わされた私は、あくびを噛み殺しながら――せっかくの休日が、もう半分潰れてしまった――彼の差し出した紙袋を見る。
中にはぎっしり、レース編みのコースターやらケープやら、殿下の作品と思しきものが入っていた。編みぐるみまで入っている。
殿下はどこに向かうつもりなのだろうか。受け取ると、予想以上に重量があった。
「殿下? ……これは一体?」
「作りすぎて置くところがなくなってしまってね。あまりたくさん置いてあっても怪しまれるし……きみに預けておきたくて」
「はぁ」
そう言われても、可愛らしい編みぐるみも繊細なレース編みのケープも、私には使うあてがない。
もらったところでタンスの肥やしだ。
「さすがに多すぎではありませんかね」
「形見だとでも思えばいいだろう。どうせ、余命幾許もないのだから」
文句を言うも物憂げに返され、私は眉間に皺が寄るのを感じた。憂いたいのはこちらである。
そろそろ、この「すぐ死ぬムーヴ」に付き合うのも疲れてきた。ここらではっきり言っておくことにする。
「殿下が信じようと信じまいと、勝手ですけれど。私は殿下が余命いくばくしかないというお話は、信じないと決めましたので」
殿下がきょとんとした顔で、私を見返す。構わず、当然のことを言うように続けた。
「殿下が私の言うことを信じず、侍医の言うことを信じるのと同じです。私は殿下の言うことを信じず、私の思うことを信じるだけです」
「不敬だぞ」
「殿下のご長寿を信じることが不敬というなら、どうぞ罰してください」
肩を竦める私に、殿下はぐっと押し黙る。
「そもそも、私はその話を知っているはずのない人間ですから。どのように罰するおつもりか、見物ですね」
「きみは本当に意地が悪いな」
「悪いのは性格です」
私の言葉にむくれていた殿下だが、やがてふっと小さく苦笑いを漏らす。
妙におかしそうに笑うものだから、今度はこっちが少々むっとしてしまった。人の顔を見て笑うのは、不敬ではなかろうか。
「すまない、あまりに堂々と言うものだから。……形見だの何だのは撤回しよう。ただ、秘密を共有するきみしかあてがないだけだ」
墓穴を掘った。断りづらくなってしまった気がする。
もらったところで困るだけなのだが。
脳みそをフル稼働させ、何とか家に持ち帰らなくてもよい方法を探し、搾り出すように提案する。
「ええと。例えば侍女に下げ渡されては? 喜ぶと思いますよ」
「贈り物だと思われて、妙な誤解をされるのはごめんだな」
「それは確かに」
渡された紙袋いっぱいに詰め込まれたそれは、店で売っているものとなんら遜色がない。
いずれも殿下の顔面に似合う、儚さと可憐さが入り混じった素晴らしい出来である。
まさか王太子のお手製とは夢にも思わないだろうが、王太子殿下直々のプレゼントとなれば、あらぬ噂を呼びそうではある。
特に、この美貌を持つ王太子からの贈り物とあらば、余計にだ。
「しかし、本当に売り物のような出来ですね。いっそ販売されては」
「私に城内で露天商の真似事をしろと?」
「誰も城でやれとは申しておりません」
そこでふと思いついた。そう、売り物を私が買ったことにして、適当に配ってしまえばよいのである。
私ならいくら噂を呼んだとて大した問題ではない。そもそも、現状からして公爵令嬢ではなくフェミニストの騎士様扱いなのだ。
「殿下。私の部屋に飾るにも限界がありますので、私から活用してくれそうなご婦人にお渡ししてもよろしいですか?」
「……そうだね。それでいいよ」
一瞬間があったが、王太子殿下は頷いた。
本来王族から賜った物を他の者に横流しするなど不敬もいいところだとは思うが、さすがに殿下もこの大量の乙女チックな品々を私が一人で使いきれるとも思わなかったのだろう。
ロベルトからの贈り物? たぶん適当な侍女が……はて。ちょっとよく覚えていないな。





