エピローグ(1)
「エリ様。えーりーさーま。聞いてます?」
「ん?」
呼びかけられてどこを見るともなく中空を彷徨わせていた視線を戻せば、リリアのむすっとした顔が視界に入る。
考え事をしていてついぼんやりとしてしまっていたようだ。
隠し子騒動が一件落着し、ほどなくしてリチャードとマリーは西の国へと帰って行った。
だいたいの知り合いにはネタバラシも終えた。名実ともに事態は終息をみたのである。
私がリチャードと結婚しないと知ったお兄様は、ほっとしたような残念そうな、たいへん複雑そうな顔をしていた。
クリストファーは私の嘘に怒ってしまってしばらく口を利いてくれなかったが、最後には「そんなことだと思いました」とかため息をつかれた。最終的に口を利いてもらえるようになったのだから粘り勝ちだろう。
問題は解決した。思い悩むことなど何もない。
……リチャードが残していった、置き土産のような言葉を除けば。
わざわざ「忠告」だの「アドバイス」だのと言い残していくくらいだ。彼なりに思うところがあってのことだろうとは思うのだが――心当たりがない。
彼が帰ってしばらく経つ今でも、時々ぼんやりと、その言葉の意味について考えてしまっていた。
また思考を飛ばしては機嫌を損ねるので、リリアに向かって両手を上げて、「降参」の意を示す。
「ごめん。何だった?」
「だから、怨霊の話ですよう」
もう、とリリアが頬を膨らませる。
そんなことをしても可愛らしいだけである。
視線で続きを促せば、彼女は呆れたように息をついて、再び口を開いた。
「怨霊が何で、リチャードさんに取り憑いたのか、って話で」
「……まぁ、それはリチャードもあの怨霊と同じような気持ちを持っていたからじゃない?」
「その件についてはあえて掘り返しませんけど」
リリアがすっぱり言い切った。
リチャードの告白の件は早々にリリアに話してあった。
というかリリア以外にこの話ができる相手がいなかったのである。つくづく、私には同性の友人というものが乏しい。
あの時は大変だった。多少ぎゃあぎゃあ言うだろうとは思っていたが、予想以上の暴れっぷりだった。「余計なことを!! 不老不死にしてやります!!」と騒ぐのを何とかかんとか宥めすかした。
気分は荒ぶる山の神を鎮める旅人であった。鎮まりたまえ、さぞかし名のある聖女と見受けたが何故そのように荒ぶるのか。
そして脅し文句が通常の脅しとベクトルが真逆で新鮮だった。
望まぬ不老不死、確かにあまり嬉しくないかもしれない。
とにかくリリアはあの件を「なかったこと」にしたいようだ。
では何故、リチャードの話を蒸し返したのか。
「わたしが気になってるのは、どっちかっていうと――怨霊は何故、リチャードさん以外に取り憑かなかったのか、の方でして」
「……どういう意味?」
「だって、あの赤ちゃん――の形をした怨霊、ずっと公爵家にいたんですよね?」
「そうだけど」
「それなら、エリ様とか。もっといえば、エリ様のお兄様とか、クリスくんとか。この家に住んでいる人の方が、遊びに来るだけのリチャードさんよりずっと長く、あの怨霊と接していたはず、ですよね」
言われてみれば、確かにそうだ。
家族は全員赤ん坊にめろめろのでろでろで、常に誰かが一緒にいた。特にクリストファーなんかはしょっちゅうベビーベッドに張り付いていたし、同じ部屋にいることも、触れることも多かった。
取り憑かれていてもおかしくない状況だっただろう。
だが、実際に怨霊が取り憑いたのは――遥かに接する時間の少ない、リチャードだった。
リリアの琥珀色の瞳を見つめ返す。
私の視線から同じ考えに辿り着いたことを読み取って、リリアが頷いた。
そして、先ほどと同じ疑問を繰り返す。
「それなのに、リチャードさん以外には取り憑かなかった。それは、何故でしょうか?」





