42.高校生で「結婚しよう」なんて言うのは
「君だってそうだろう?」
「オレ?」
「君は、ディーやマリーを置いてはいけない」
リチャードがきょとんと目を丸くする。
彼は、私の考えていることが分かると言った。自分と同じだからと。
それを言うなら、逆だってそうだ。
彼が妹を大切にしていることは理解しているつもりだ。
私がお兄様を……家族を、大切にしているように。
「オレは、……」
リチャードが口を開いて、何かを言いかけた。
しかしすぐに口を噤んで、その「何か」を飲み込む。
やがて彼は、困ったように笑った。
「そうだな。オレはディーと、マリーと。妹たちのことが大事だ。あいつらを置いてはいけない」
その表情は先ほどと同じ、不思議とやさしさの宿ったものではあったが――それに加えてどこか、すっきりしているようにも見えた。
私はリチャードの隣で生きている自分が想像できない。それは、家族のいるこの国を離れて西の国に定住する自分が想像できないからだ。
リチャードだって、このディアグランツ王国で暮らす自分は想像できないだろう。
つまり、そういうことだ。
「正直なところ、嫁の貰い手に困っているのは確かだから。きっと両親には『勿体ない』って言われるんだろうけどね」
「オレも。きっとあの娘たちには『どうして泣いて縋らないんだ』とか言われそうだ」
二人で顔を見合わせて笑う。
私だって婚約していたことがあるのだ。貴族の結婚が好きな相手とするものだとは限らないことも理解している。
利害が一致していれば頷いた、かもしれない。
――いや、どうだろうか。
やはり前世の感性で言えば18で結婚だのなんだのを真剣に考えられるかと言うと、そういう気分にはなれないのは確かだ。
高校生で「結婚しよう」なんて言うのは天〇聖司くらいのものだろう。いや、あれは中学生だったか。そう思うと本当にとんでもないな。
だが今回、私たちには、互いにそれぞれ譲れないことがあった。
たとえ利害が一致したとしても、もっと時間をかけて互いを知ったとしても、変わらない部分だ。
答えとしては、それだけで十分だろう。
「知らなかったとはいえ、君に婚約者のフリをさせたのは謝るよ。悪かった。君のこと、そういう風に考えたことがなかったから」
「いい。分かってた」
私の言葉に、リチャードが軽く肩を竦めて答えた。
そして「いい」と言っておきながらも、じとりと私を睨む。
「アンタがオレのこと何とも思ってないのくらい、分かってる。ていうか、アンタはたぶん誰のことも、何とも思ってないだろ」
「そんなことはないけど」
「でもそれ、もう今回で終わりにしろよ」
今度は私が目を丸くする番だった。
終わりにする?
……博愛主義の軟派系を?
「2回目はないからな。もし次に誰かが――アンタに同じことを言ったら、どう答えるか。ちゃんと考えとけ」
リチャードが、私の鼻先にびしりと人差し指を突きつけた。
「いいか。オレは男だし、恋愛対象は女だけど……アンタのこと、好きになった。ほっとけないし危なっかしいし目が離せないし。かと思えば、分かったふうなこと言って、オレの世界を変えやがった。なのにそんなの気にも留めずにへらへらしてて腹立つし――そのくせ、普通の女の子みたいに笑うとことか。そういうところひっくるめて、アンタを好きになった」
まるで聞き分けのない子どもに言い聞かせるように話すリチャード。
褒められているやらけなされているやら微妙な言葉選びに、言い返すべき台詞が追い付かない。
目を白黒させている私に、彼はもう一度、改めて言う。
「分かるか? オレはアンタのこと、恋愛対象として好きになったんだ」
「それは分かった、けど」
「そんで。こっからは、アンタのことを好きになった男からの忠告だ」





