41.恋愛
去年まで、主人公に攻略されるために生きてきた。
その途中で私に好意を伝えてくれた女の子の人数は両手ではきかないくらいだ。
手紙をもらったことも、呼び出されて直接交際を申し込まれたこともある。
そのたびに私はそれを断った。
ナンパ系らしく、女性に好かれるように振る舞っている。
男慣れしていない純粋な女の子の気持ちを弄んでいる自覚はあったし、告白されたとしても驚きはなかった。
もちろん1人1人にきちんとありがとうと伝えたが、断るところまで含めて一つのお決まりの儀式というか。
彼女たちにとっても、そうであったのではないかと思う。
努力の甲斐あって主人公から告白されて、私はそれも断った。お友達でいましょうねと友情エンドを選んだ。
それを目的に十年やってきたのだから、当然だ。
その後もことあるごとに付き合ってくれだの何だの言われてはいるが、今のところそのつもりはない。リリアが真剣に言っていることは理解しているが……真剣に取り合ってこなかった。
彼女に選ばれるために、彼女が喜ぶように振る舞っていた。
そうなるのは当然だと思っていたし……それは私が仕向けたもので、リリアもそのうちに目が覚めるだろうと思っているからだ。
どの告白も、私の答えは決まっていた。何なら告白されること自体が織り込み済みだった。
だから何も、考える必要がなかったのである。
だがここにきて、初めてその規定外の告白に直面して……私は当惑していた。
リリアに告白されたダンスパーティーの日。いつかは恋をしてみてもいいのかもしれない、とか、そんなことをぼんやりと思い描いた。
実際に思い描いたのはその時だけで、西の国やら魔女やら天下一武道会やらで、そんな余裕はまったくなかった。
卒業後の進路と同じだ。そういう漠然とした未来に向けて何かを思い描くという能力が育たないままここまで来てしまった。
今のままではなく、いつかは考えなくてはいけない。変えなくてはいけない。
それを私はずっと、後回しにしてきたのだ。
夏休みの宿題と同じだ。いつかはやらなくてはいけないことは理解しているが……尻に火がつくまでやれない。
私は元来そういう人間なのである。
前までは良かった。攻略対象になるという明確なビジョンがあった。それはある意味で……それ以外のことを検討しなくていい状態だったのだ。常に選択肢が明確だった。
選ぶというのは脳のリソースが必要だ。そしてとても、疲れる。
絶対に幸せになれると信じて、常に最短距離を選び取った。そこにある障害など気にしていられなかった。気にせずにいられた。
だが、今は違う。
乙女ゲームは終わった。
しかし、私の人生は続いていく。
随分前に実感したはずのそれが、また新しく実体を伴ったものとして、私の目の前に現れた。
そんな気がした。
リリアと向き合った時のことを思い出す。
あの時、答えは決まっていた。
あの時も……せめて、私が弄んでしまった彼女への最低限の敬意として、私の言葉で答えるべきだと思って、そうした。
私が背負うべき業だと思ったからだ。
リチャードを見つめる。
彼の気持ちまで私に背負う責任があるかというと、そこまでは思わない。
だが少なくとも、あの時と同じに――私の言葉で、答えるべきだ。
「ありがとう。正直まだ、うまく飲み込めてない。でもそう言ってもらえたことは……嬉しい、と思う」
ナンパ系として長年暮らしてきた。女性を誑かしてちやほやされるのは正直言って楽しいし、可愛い女性は見ていて癒される。得をすることも多い。
だからといって自分の恋愛対象が女性だけなのかといえば、そうではないと思う。
何せ前世ではかなりの数の乙女ゲームをプレイしていたのだ。男性も守備範囲内と考えるのが自然だ。
リチャードのことは、特別好きというわけでもないが、嫌いでもない。
友人としてなら仲良くやれると思う。
「だけど、ごめん。たぶん私には、同じものが返せない」
友人としてなら、仲良くできる。
だがそれ以上の関係となると、まったく想像できなかった。
自分自身の幸せな将来すらまともに思い描けないのである。
その隣に彼がいるか、どうか。
私には想像ができなかった。
その理由は、簡単だ。
「私にはもっと、大事なものがあるから」
私の言葉に、リチャードが目を伏せて、小さく息をついた。
私がどう答えるか、彼も予測はついていたのだろう。
どうして予測できるのか。
――彼もきっと、私と同じだからだ。





