38.目がハートになっていない
「紹介するよ。私の友達のマーティンと、その叔父のレイ」
「アンタにまともに説明する気がないことが分かった」
非常に簡潔に事実を述べたところ、じとりと三白眼で睨まれた。
主にレイの見た目と前侯爵の生涯現役っぷりのせいでややこしいことになってはいるが、純然たる事実である。
「え、エリ様、エリ様」
大人数に囲まれると霊圧を消しがちなリリアが、そっと私の袖を引いてきた。
何かと身を屈めてやると、耳打ちされる。
「その人、ダメです」
「え?」
「前、魅了が入らなかったので。たぶん婚約者か、恋人がいるんじゃないかと」
「……恋人?」
リリアの言葉に、マーティンを見る。
そういえば、リリアを前にしても目がハートになっていない。
同じ聖女の力があるサーシャ王子はともかくとして、マーティンには効果があるはずだ。
目がハートにならない――魅了が効かない。
それはつまり、他に「心に決めた相手」がいるということだ。
じっとその顔を眺める。
マーティンが怪訝そうに眉を寄せた。
なるほど、なるほど。ついにこの唐変木にも春が来たわけだ。
彼との付き合いも足掛け5年になるだろうか。
巨乳好きではあるが浮いた話の一つもなかった男だ。私同様貴族らしい結婚やら何やらには適性がないのだとばかり思っていたが、なかなか隅に置けないではないか。
今度じっくり話を聞かせてもらおうとニヤつく私に、マーティンはさらに眉間に皺を寄せていた。
「貴方は怨霊に操られていたんですよ。きっと波長が合ったんですね」
「怨霊ぉ?」
サーシャ王子の言葉に、リチャードが首を捻る。
聖女がいるのだから怨霊だってツチノコだっているだろうと思ってしまうのだが、彼は違うらしい。
「もう大丈夫です。魂たちは呪縛から解き放たれたようなので」
「胡散臭いな……」
「そうよ、恥じることはないの」
姫巫女様が、リチャードの肩にぽんと手を置いた。
そしてどこか憐れむような視線を向けて、言い聞かせる。
「仕方がないわ。耐性がなかったんだもの。きっと忘れていた方がいいわ」
「待て。オレ、恥じるようなことしてたわけ?」
リチャードがそう疑問を発した。
皆、そっと彼から視線を逸らす。
女性の怨霊に取り憑かれていたとはいえ、オネエ言葉で話した挙句軟派男に誑かされ、最終的には少女にヨシヨシされて正気に戻った――などという事実は、姫巫女様の言う通り忘れていた方が彼のためだろう。
「ま、役得だったと思っておいたら? ……そんなことより! どう!? サーシャ、可愛いわよ!」
「今『そんなこと』って言ったかこの人!?」
「自分ではなく」
リチャードを放置して、マーティンにサーシャ王子を勧め始めた姫巫女様。
どう断るのかと思っていたが、マーティンは両手で姫巫女様を「どうどう」と制しながら、すーっとわずかに視線を泳がせて、言った。
「姉が、相手を探していまして」
「お姉さん?」
姫巫女様が首を傾げた。
そうか。確かにマーティンの姉――カミラさんは結婚適齢期でありながら決まった相手がいない。サーシャ王子に紹介するにはうってつけだろう。
私としてはリリアとサーシャ王子がくっつくのがベストだと思っていたが、そこの2人がくっつくのもベターではあるだろう。
「いいわね! じゃあ、サーシャはお姉さんに紹介してもらって、私は貴方と――」
「姫巫女様。すみませんが、やはり彼は紹介できません」
ふんふんと勢い込んだ姫巫女様の肩に、そっと手を置いた。
リリアから聞いた話を簡単に伝えようとした、のだが。
姫巫女様は私とマーティン、そしてリチャードの顔を見て――
「修羅場ね!?」
と声を上げて目を輝かせた。
いや、何をどう勘違いしたらそうなる。ディーもびっくりのこじつけだ。同じコマにいただけでカップリングをしないでほしい。
マーティンもリチャードも、何を言われているやら分からないらしく、ぽかんとした顔をしている。
やれやれとため息交じりに訂正しようとしたところで、慌てた様子でクリストファーと侍女長が中庭に駆け込んできた。
「あ、姉上! あの子が、どこにも……!」
その顔を見て、騒動の原因を思い出した。
そうだった。
成仏に伴うどったんばったんのインパクトが大きすぎて、乳児の件がすっかり霞んでしまっていた。
彼らにしてみれば、急に乳児が消えたわけである。そういう反応になるのもやむを得ないだろう。
2人に対峙して、私は軽く肩を竦めて答えた。
「大丈夫。あるべきところに帰って行ったよ」
知らんけど。





