36.犯罪臭がものすごい
リリアがレイを連れてきたので、気を失っていたリチャードを叩き起こした。
レイには事前に「リチャード(の中の人)の望む相手の姿に見える」という認識阻害を使うように頼んである。
これで役者は揃った。あとは無事、成仏してくれることを祈るだけだ。
目を覚ましたリチャードが瞬きをして、そして――瞳に涙を浮かべて、レイに抱き着いた。
「ああ……よかった、戻ってきてくださったのですね、あたしのもとに!」
「え、ええと……」
「ち、違うの、さっきのはほんの、気の迷いで」
レイがきょとんとした顔をしている。
絵面的には少女に抱き着く青年、という構図でまぁまぁアウトだが、レイは男の娘。ギリギリセーフ……いや、性別は関係ないな。年齢的にやはりアウトな気がする。
「ねぇ。どうしてあたしを、置いていったの……?」
レイが戸惑ったような顔でこちらを見る。が、私にも件の尻軽男が何故この女性を捨てたのかは分からない。首を横に振ると、レイは何も言わずに、そっとリチャードの頭を撫でた。
「……いえ、もういいの。やっと会えたんですもの。もう離さない……ずっと……」
年端も行かない少女にしがみついて頭をなでなでされる成人男性の構図、犯罪臭がものすごいのだが大丈夫だろうか。
私の顔面ではなくこっちをR指定した方が良いのでは。
「……大丈夫ですか、CER〇B的に」
「あの人には、こう見えているはずですよ」
サーシャ王子が背後から歩み寄ってきたかと思えば、こちらに手鏡を差し出していた。
受け取ったそれは、何やらやたらごてごてと装飾が付いている以外は普通の鏡だが――そこにリチャードたちの姿が映ると、状況が一変する。
手鏡には、縋り付く茶髪のロングヘアの女性を抱きしめて頭を撫でる、黒髪の男性が映っていた。
茶髪の女性は、リチャードの立ち位置だ。
おそらくリチャードの中にいる怨霊――の、代表とでも言うべきか、サーシャ王子の言葉を借りて、核とでも言うべきか。
あの乳児の姿になって、人に取り付いてここまで来たのは、あの女性の念だったのだろう。
本当に子どもがいたのか、それとも恋い焦がれるあまりに他の怨念と混ざってあの姿になったのかは分からないが――自分を捨てた男を探してここまで来たのだ。
恨みに変わる前には、よほど強く愛していたのだろう。ものすごい情熱だ。
そしてその女性の髪を撫でているのは、レイのポジション。
怨霊の女性が焦がれて追い求めて、恨んで――そしてこうして目の前に現れたら、許してしまえるような相手。
それもそのはず、たいそうな美丈夫だ。
口ひげを蓄えた壮年の男だが、垂れた目じりと年相応の皺が、何とも言えない色気を醸し出している。甘いマスク、という言葉がよく似合う、ハリウッドスターとかそういう系統の顔つきだ。
さぞ若い頃にはブイブイ言わせていたのだろう。いや、今だってまだまだブイブイ言わせていてもおかしくない。
正直なところ、女の逆恨みなんじゃないかと疑う気持ちもあったが……こいつはやる。絶対に笑顔で女性を弄ぶ。
そう確信するようなヴィジュアルだった。
しかし――何だろう。
あの顔……見覚えがある、ような。
……いや、レイの髪色と瞳の色のせい、か?
「ずっと、一緒……こうしゃく、さ、ま……」
ふわり、とリチャードの身体から、光の塊が浮き上がった。
眩しさにくらむ目を細めながら視線を向けると、その光はどことなく――髪の長い女性の形をしている、ように見えた。
ふと横を見ると、姫巫女様とサーシャ王子が指を組んで、祈りのポーズを取っていた。
2人を見て、リリアも慌ててそのポーズを真似する。
光の粒が収束していく。そしてそれが――一気に天へと昇っていった。
余韻も何もなく、爆速で――F1レースみたいな音を立てながら。
「え」
「あ」
「……ふふ、さすが、大聖女様の祈りはパワーが違いますね」
サーシャ王子がくすくすと笑っていた。
聖女の力、速度に比例するのか。
「重―い」
再び意識を失ったリチャードの身体の下で、レイがもがいている。
手を貸してやろうと歩み寄ると、レイがふと、こちらを見て首を傾げた。
「何でレイ、おじいさまと同じ顔なの?」
「……え?」
レイは私が持ったままになっていた手鏡を覗いていた。
そこに映っているのは、あの怨霊の女性が会いたかった男のはずで。
それが――おじいさま?
「あ。ほんとはおじいさまじゃない、んだっけ?」
レイの言葉に、それが誰なのか。理解できてしまった。
プレイボーイで浮名を流す貴族で――若い頃から今に至るまでブイブイ言わせている男。そして――どこかレイに、似ている男。
こうしゃくさま。
心当たりに気づいた私は、眉間を抑えながら我が家の執事見習いを呼び出した。
「――ちょっと、マーティンを呼んできてくれるかな。今日ならきっと、城にいるから」





