27.もう少し泳がせておこうかと
「……それで?」
「はい?」
「子どもを背負って現れた理由を聞こうか」
「はぁ」
王太子殿下の執務室。
いつものように呼び出された私は、背負い紐で例の子どもを背負わされていた。
私の潔白が証明されたので、母親の方は公爵家で丁重に「保護」して話を聞いている。
公爵家の嫡男の子だと偽って、客人の前で多少とはいえ騒ぎを起こしたのだ。それも当然だ。
修羅場に乗っかった姫巫女様が何のお咎めもないのは――まぁ、やんごとない身分のなせる業だ。
だが我が家は世間でも有名な「人望の公爵家」。
さすがにそんなところに子どもを一緒に連れて行くわけにはいかないので、慌てて乳母を雇って家族の皆で面倒を見ていた。
私以外の家族は全員、どこの子とも知れない乳児にめろめろになってしまっていた。
さすが人望の公爵家。いや、それが関係あるのかは分からないが。
過去に子育てを経験した人間というのは、久しぶりに乳幼児に対面するとそれを経験していない人間よりも十倍ほど可愛いと思ってしまう傾向があるようだ。
あの侍女長ですら、私たちが見ていないところで顔を溶かしていた。
乳児はあまり泣かない子どもだったが、不思議なことに私が離れると泣き出した。
いくら乳母があやしてもミルクをやってもおむつを替えても泣き止まないので、私が公爵家を離れるときにはこうして背負わされている。
おかげで警邏のバイトも訓練場もサボり気味だ。
まぁ、王太子殿下のお忍びをお断りする理由になるからちょうどいいのだが。
「それが……どうやら私の子だそうで」
「…………は?」
にこにこしていた王太子殿下の笑顔の仮面に、ぴしりと亀裂が入った。
そしてすぅと瞳を開いて、私を見る。ひどく冷ややかな目をしていた。
「どういう冗談?」
「そう主張する女性が現れまして。公爵家嫡男に弄ばれて身ごもったので責任を取って認知してほしいと」
「心当たりが?」
「あるわけないでしょう」
殿下がはぁと、大きくため息をついて、頭を抱えた。
そしてゆるゆると頭を横に振って、私を睨む。
「何故騎士団に突き出さない」
「この話をすると、皆一様に同じ反応をするのが面白くて。もう少し泳がせておこうかと」
「趣味が悪い……」
「お褒めに預かり光栄です」
殿下がまたため息をついたので、肩を竦めて躱した。
正直なところ、我が家で「保護」して話を聞いている――という時点で、泳がせているとは言い難い。何故かと言うと保護されてから、ついぞその女性の姿を見ていないのである。
裏では騎士も動いているのかもしれない。
「きみは本当に、次から次へと……」
「今回は私は関係ありませんよ」
少なくとも、あの女性は私のことをよく知らなかったことは事実だ。でなければ生物学上あり得ない嘘をつくはずがない。
つまりあの女性は、私の知り合いでも何でもない。貴族社会の噂にも疎いようだから、どこかの貴族に遣わされたという可能性も低い。
おおかた貴族の男なら誰でもよく――身分が高い方が金を持っていそうという理由で公爵家に飛び込んできたに違いない。
そして一番最初に目が合った男が私だった。それだけだろう。完全に貧乏くじだ。
身の潔白を示すために言ったのだが、殿下は違う意味で捉えたらしい。
美しい柳眉を寄せて、彼にしては低い声で呟いた。
「まさかフレデリックが」
「殿下」
にこりと微笑んで、殿下の前の執務机に腰かけた。
身を乗り出して、彼を見下ろす。
「怒りますよ」
「……悪かった」





