26.お前が始めた物語だろ。
最初に断っておく。
私ではない。
何故かといえば生物学上、私は父親になりようがないからである。
ここは乙女ゲームの世界だ。聖女の祈りという魔法的なものもあるし、魔女だっている。滅却師――もとい、姫巫女様もいる。
だがあいにく、オメガバースの世界ではない。第二の性がうんぬんかんぬんのあれとは関係がない世界線だ。
侍女長も使用人ももちろんそんなことは理解の上だが、つい先日「うちのエリザベス様が誑かした余所のお嬢様が魔女だったために大怪我を負って死にかけた」(執事見習い談)という事態を招き公爵家内の序列が蝋燭立ての下になってしまった私に対する信頼は、とっくの昔に地に落ちていた。
私の子、は嘘で間違いないが、何かしら私と関わりのある人物である可能性は否定できない。
それで張本人である私に確認しようと連れてきたらしい。
よよよと泣き崩れた女性を見る。
よくよく見ても、見覚えはない。街でよく話をする女の子であれば顔を見ればさすがに思い出すと思うのだが。
そしてもちろん、抱えている子どもにも覚えはない。まだほにゃほにゃの乳児と言った見た目で、生後半年くらいだろうか。赤ちゃんの月齢とかよく知らないが。
ということは――この女性は間違いなく、嘘をついている。
何らかの理由――例えば、私や公爵家の人間を騙して、賠償金とか養育費を巻き上げようとしているとか――で、腕に抱いた子どもが私の子だと騙っているのだ。
だが詐欺を働くにしては、下調べが足りていなさすぎる。
主に私の性別とか。
「エリザベス、エリザベス」
袖を引かれた。
姫巫女様が興味津々といった様子で私と女性を見比べている。
「修羅場ね!」
「どうして喜んでるんだ」
「私も一枚噛ませてよ」
「え?」
言うが早いか、姫巫女様はひらりとドレスの裾を翻して、私から一歩離れた。
そして姫巫女様は女性を指さして、やたらうきうきした声音で叫ぶ。
「この泥棒猫!!」
「どういう状況!?」
戻ってこない私と姫巫女様を探しに来たのか、ちょうどタイミングよく――いや、悪く現れたリチャードが素っ頓狂な声を上げていた。
事態がややこしくなる気配を察知して天を仰ぐ。
「ひどいわエリザベス! 他の女との間に子どもがいるなんて! 私は貴女のために国を捨ててきたのに!」
「なに、子、え。は????」
置いてけぼりのリチャードが助けを求めるような視線を向けてきたが、黙殺した。
姫巫女様、舞台女優ばりに気合いの入った演技なので「あえて」そうしていることは明白だが……その目的までは私には分からない。
目的の共有なしに走り出すプロジェクトこそが修羅場であると言われればまぁそうなのかもしれない。
泥棒猫呼ばわりされた女性もぽかんとした顔で姫巫女様のことを見ていた。
「お、オレはどうすればいいんだ、これ。オレが『将来を誓った相手』なんだろ?」
混乱したリチャードが設定の確認をしてきたが、ちょっと今情報量が多すぎてそれどころではないので大人しくしていてほしい。
私の肩を掴んで揺さぶるリチャードを見て、乳児を抱いた女性の顔色が変わった。「え? そっち?」という顔で口をあんぐり開けている。
いや、お前まで混乱してどうする。
お前が始めた物語だろ。
「しかも他に男までいるなんて! 助けてもらった恩はあるけれどさすがに我慢できません! 私と弟はこの国で他のお相手を探します!」
そう言って芝居掛かった仕草でドレスをぶわりと翻すと、姫巫女様は足取りも軽くパーティー会場に戻って行った。
ここでやっと姫巫女様の目的を理解する。
「他の相手を探す」のにちょうどいい言い訳を見つけたから、修羅場に乗っかったのか。
元から訳の分からなかった状況をさらにしっちゃかめっちゃかにした挙句、自分の希望する着地点だけゲットして去っていくとは。少々ちゃっかり者が過ぎるのでは。
姫巫女様が嵐のように去ったあとで、場には沈黙が満ちた。
私も混乱していたが――そっと侍女長に目配せをして呼び寄せる。乳児を抱いた女性に聞こえないように、侍女長に耳打ちをした。
「私、産んでないよ」
「存じております」





