閑話 リチャード視点
今回閑話です、すみません!
リチャード視点です。
ヤバい。
想像以上にヤバいことになってる。
ディアグランツ王国、王城の一角。賓客用の寝室で、オレは頭を抱えていた。
アイツの偽物の婚約者を引き受けた。正直そのまま偽物じゃなくなってもいいか、ダイアナもマリーも喜ぶだろう、くらいの下心があったことは否定しない。
だが事態はそこまで楽観的なものではなかったことを、割と早々に悟った。
まずあの第二王子。絶対アイツに未練がある。
元婚約者、ってことは何か理由があって婚約を解消したんだろう。
アイツは「円満に双方の意思で」みたいなことを言っていたが、じゃあどうしてああいうことになるんだよ。
よしんばそこに意志があったとしてもアンタの意志だけだろ。
絶対第二王子側は合意してないだろ。あんな、見るからに好きなのに婚約解消に合意する馬鹿はいねぇよ。
そもそも関係性を尋ねて「元婚約者」より先に「師弟」がくるってどういうことだ。
次にあの眼鏡。後から聞いた話じゃ宰相家の三男坊らしい。
何だよ、親友って。そう思ってんのアンタだけだって。去り際めちゃくちゃ睨んでたじゃねーか。
嘘にすぐさま気づくぐらいアンタのことばっか見てたんだろ、あの人。挙句「俺にしとけよ」とか言ってたらしいし、もうそんなの確定だろ。
なのになんであんなに「友情」とか自信ありげなんだよアイツは。
話してる様子も、アイツは本当に友達みたいに接してたけど……いや、でもあれは近すぎるだろ。いくらなんでも。アンタは性別を何だと思ってるんだ。
この国の王太子からそういう感情を向けられているのは、西の国でもう気づいてた。
あの反応を見ると、散々回りくどいアプローチをしてそれをスルーされ続けてるんだろう。アイツも「プロポーズされたのは初めて」とか言ってたし。
もうはっきり言ってしまえばいいのに、それをしないのは……王族の煩わしさ故だろうか。
それならそれで、こっちとしては都合がいいけどな。
あそこまで鈍感なアイツには、王族なんて向いてない。このまま気づかないままでいた方がきっとアイツのためになる。
王族の一時の感情に巻き込まれても……損をするのはこっちばかりだ。それなら、巻き込まれないに越したことはないだろ。
今にも刺されそうで、ここにいるのもちょっと怖くなるくらいだ。
人のこと「夜這いは文化」とかなんとか言っていたが、下手をしたら明日の朝にはオレは消されてるんじゃないかと思う。
つくづく、とんでもないことに首を突っ込んじまった。
彼女が弟から向けられている視線にもそれっぽいものが混じっているのではと感じていて――今日の邂逅でそれがはっきりした。
でも弟はどうかと思う。血が繋がってなくたって家族だろ。
そこまで考えたところで、今日対峙した彼女の兄弟の顔が思い浮かんだ。
すっかり拗ねていた弟と違って、兄の方はオレを歓迎した、ようだった。
事前に聞いていた通り、善人と言うか、マトモと言うか……疑いの眼差しを向けた俺に対しても、一貫して態度を変えなかった。
どうも本当に兄弟で似ていないらしい。
両親もそうだ。どこかの誰かの親と違って、マトモそうだった。
そのマトモそうな親兄弟に、挨拶をしてしまった。
予想以上にとんでもない状況になっているのでは、という思考がぐるぐると脳内を回る。
善人そうな兄に嘘をついているという状況も、罪悪感をより倍増させる。
これ、本当になかったことにできるのか? 引き返せるのか?
……それとも、本当に。
引き返さなくてもいいと、思っているのだろうか。





