18.寂しいと死んでしまう類の小動物
「姉上と結婚するのは、もっと、ちゃんと姉上のことを家柄とか政略じゃなくて大切にして愛してくれて、格好よくて強くて身分も侯爵家以上で、優しくて思いやりがあるけど賢さと冷静さも兼ね備えていて、理知的で論理的に物事を俯瞰して見る目を持っていて、膨大な知識量と経験に基づく判断をすることができて、姉上の手綱を握って正しい方向に導いてくれながらも姉上のことを束縛したり行動を制限したりしない心の広さと落ち着きがあって、年齢は姉上より5歳くらい年上で姉上より背が高くて自立していて、姉上に真摯に向きあってくれて真面目で部下や使用人からも慕われる人柄を持つ人格者でありながら、姉上の冗談には笑顔で返せるようなお茶目な一面があったり身分が上の人間にも間違っていることには毅然とした対応が出来る力強さも兼ね備えていて、他の女性には見向きもしないくらいに姉上一筋で、ぼくや兄上や家族とも良好な関係が築けて、社交性があって誰かを悪く言ったりしなくて人を愛して大切にする心を持っていて、家族を大切にしてくれて動物が好きで、姉上のすることを応援して一緒に楽しんだり見守ったり、振り回されたりもするけど一番大事なところでは姉上のことをちゃんと守れるような、そんな人じゃないと」
クリストファーの長台詞が耳を滑っていった。
長い。長すぎる。
何だその圧。
長すぎて途中から全然頭に入ってこなかった。
入ってこなかったが、とてつもない無理難題だというのは理解できた。
そもそも「私より背が高い」の時点でかなりの条件を突きつけることになる。
そのうえで付け加えられた他の様々な条件があまりに理想が高すぎて、「どの口が」というレベルだ。
ぽっちゃりさん以外は超優良物件のお兄様がその条件を付けるなら分かるが、難ありの私が付けていい条件ではない。
そんな優良物件が仮に存在したとしても、婚約解消歴のある私には絶対に回ってこないのが目に見えている。
クリストファー、私に負けず劣らずのブラコンでありシスコンであるとは思っていたが、お兄様の結婚相手に対する条件を問われた時のどこかの誰かとそっくりな反応すぎて驚いた。
そんなところは似なくていい。
ため息をついて、苦笑する。
「そんな人を探していたら私は一生結婚できないよ」
「……分かってます」
クリストファーが俯いた。
声がかすかに震えている気がして、その顔を覗き込もうとしたところで、クリストファーが勢いよく顔を上げた。
はちみつ色の瞳で私を見つめながら、言う。
「ぼくは、姉上に……結婚しないでほしいんです」
薄桃色の髪から透けるはちみつ色の瞳が、揺れる。
彼の表情がひどく寂しそうに見えて……寂しいと死んでしまう類の小動物めいて見えて、言葉に詰まった。
気持ちは分からないではない。
私もお兄様が結婚すると聞かされたら、「私が認められるような相手でなければ結婚しないでほしい」とか、似たような感情を抱くだろう。
それでもお兄様が愛した相手ならと、最後の最後は自分を納得させるだろうが……出来るだけ良い相手と結婚してほしいし、幸せになってもらいたい。
その気持ちは理解できる。
私が何と返そうか考えあぐねているのを見て、お兄様が明らかに困った顔をして狼狽えていた。
瞳に涙をためて俯いているクリストファーにおろおろしている、のだろうが……何故だろう。
それだけではない狼狽えっぷりのように見えるような。
そしてしばらくおろおろうろうろした後で、はっと何かに気づいたように、手を打った。
「そっ、そうだ! 今度、うちでガーデンパーティーをしようって話になっててね」
「ガーデンパーティー?」
「北の国からお客さんが来るんでしょう? その歓迎も兼ねて、どうかな?」
何故急にそんな話を、と思ったものの、お兄様が空気を変えようと必死で絞り出した案だと思うと無碍には出来ない。
それに、パーティーか。
多くの目がある場で北の国の面々に私がリチャードと婚約していることを印象付けられるのは悪くない作戦だ。
どうせ来るなら、きちんと迎え撃つ準備をして挑むのが良いだろう。
お兄様に相槌を打ちながら、さて北の国の巫女神子ツインズにはどういう手で行こうかと思考を巡らせ始めた。
お兄様やクリストファーは騙せないと踏んでこちらに舵を切って、おおむね成功した。
だがあの2人を相手取るとなると……さて、どちらで行くべきか。





