12.誑し込み甲斐があるというものだ
「……きみにしては面白い冗談だ」
「お褒めに預かり光栄です」
日本語訳すると「何そのギャグおもんな」になるお貴族様語でにこやかに言う王太子殿下。私もにっこり微笑んで応じた。
リチャードが焦った顔をしているのを無視して、その腰を引き寄せる。
ぴくり、と殿下の眉がほんの僅かに動いた気がするが……気のせいだろうか。
「西の国ではずっと一緒だったのに、知らなかったよ。いつの間にそんな関係になったの?」
「おや、殿下もご覧になったでしょう? 彼が私にプロポーズしてくれたところ」
「あれは誤解によるものだっただろう」
「誤解でも、私には初めてのことでしたから。いたく胸がときめきまして」
さりげなくリチャードの髪に触れる。
その髪をそっと耳にかけてやっていると、リチャードが私と殿下の顔を見比べて、赤くするやら青くするやら白くするやら、理容室のサインポールのようにせわしなく顔色を変えている。
そして肘で私をつつきながら抗議してきた。
「おい、やめろ、これはほんと、洒落にならないから」
「洒落のつもりはないよ、ダーリン」
「『ダーリン』は嫌がっているように見えるけれど」
「照れ屋なんです。そんなところも可愛いでしょう?」
「!!!???」
指で掬った髪の先に口づけを落とした。
リチャードが声にならない悲鳴を上げる。
マリーと同じ香りがする。同じシャンプーを使っているようだ。
「あ、アンタ、そこまでする!?」
「何だか一方通行なんじゃない?」
「いいんです。私が彼にぞっこんなものですから。惚れた弱みですね」
殿下が過剰に怒っているせいで、傍から見たら私と殿下でリチャードを取り合っている構図になっている気がする。
どうしてこうなった。こんなものディーが大歓喜してしまう。よかった、西の国に置いて来てくれて。
「へぇ。きみは愛がない結婚でもいいんだ? 運命がどうとか言っていたのに」
「他人には分からなくても結構です。彼も2人の時は甘やかしてくれるので」
「ね?」とリチャードの瞳を覗き込む。
至近距離で、彼が金色の瞳をぱちぱちと瞬いていた。
一拍置いて、頬がぶわりとまた一段階、赤くなっていく。
そうそう、そういう反応をしてくれるとこちらも誑し込み甲斐があるというものだ。
「今回だって、私のためにわざわざ国を超えて駆けつけてくれたじゃないか」
「あれは、違う、だって」
「嬉しかったよ、本当に」
「あ、わ、」
言葉のとおり「あわあわ」という口の形にして、顔を真っ赤にして固まるリチャード。
ドサ、と音がして横目に見ると、廊下の奥で城の侍女が倒れているのが見えた。
皆興味津々の様子でこちらに注目していたようだが……いたいけなお嬢さんには少々刺激が強かったらしい。
殿下は相も変わらず冷たい目で私とリチャードの寸劇を眺めている。
そしてぼそりと、まるで独り言のように言った。
「どこが、そんなに」
「誠実なところ、でしょうか」
殿下の問いかけに、少し考えてから答えた。
まったくの嘘を言うよりは、多少の真実を織り交ぜた方がリアリティがある。
妹たちのために誠心誠意、己の身まで投げうてるところは、彼の美徳だろう。私にはとても真似できそうにない。
「きちんと言葉と行動で示してくれるところに惹かれたのかもしれません」
「そんなもの、」
殿下が呟く。
何だかその唇が、声が……震えているような気がした。
彼は先ほどまでとは打って変わって、静かな声音で言う。
「簡単に言葉にできるのは……本当に、愛していないからだよ」
殿下が俯いている。
あれ。
何となく、様子がおかしい、ような。
「ひどいよ、リジー……私と言うものがありながら」
殿下が瞳を潤ませて口元を右手で覆いながら、私を見上げた。
その儚げな仕草があまりに麗しく、病気が治る前の彼のようで、触れたら手折ってしまいそうな花のようで……一瞬、言葉の意味が入ってこなかった。
よよ、と泣き崩れるようによろめいた殿下が私の胸に倒れ込んできたところでやっと、脳が言葉を理解する。
言葉の意味は理解したが、しかし……意図が理解できない。
え。何て?
この人今、何て言った??





