10.プランが、かちりと定まった
「じゃあどうしたら婚約者っぽいんだよ」
思わず零した私に、アイザックが意外そうに目を丸くする。
「そんなもの、以前ダグラスに接していたようにすればいいだけだろう」
「リリアに?」
言われて、思い出す。
リリアに攻略されようとしていた時――彼女には甘く優しく甲斐甲斐しく、そして軟派系らしく、あからさまに好意を伝えようとして接していた。
……そうか。
別に「婚約者」らしい必要はないのか。
目から鱗が落ちた気分だった。
極論、婚約者側がどうであれ、私が婚約者に夢中ですよ、というのさえ伝われば、北の国ツインズも諦めるだろう。
なるほど。それならば私の、得意分野だ。
「サンキュ、アイザック。何か掴めた気がするよ」
そう言いながら、彼に拳を突き出す。
いまいち定まっていなかったプランが、かちりと定まった。道が開けた気分だ。
持つべきものはやはり、親友だ。
アイザックはやや躊躇ってから、軽く私の拳に自分のそれをぶつけた。
「まさか本当に君に『恋愛相談』に乗ってもらうなんてな」
「……それから」
続けて軽口を叩くと、アイザックが眼鏡のブリッジに手を掛けた。
中指で眼鏡の位置を直してから、私に向き直る。
「もし次にこんなことをする機会があったら……僕にしておけ」
「そんな機会ない方がいいんだけど」
「僕ならもっと、うまくやってやる」
アイザックがまっすぐに私を見つめていた。
偽物の婚約者を買って出るとは、本当に友情に厚い奴だ。
正直彼やマーティンに頼むというアイデアもあるにはあった。
だが、偽物の婚約者を経てネタバラシをした後、友達に戻れるかどうか。そこがハードルになっていた。
当人同士が良いと言っても家族が良いと言うかは別問題だ。婚約中も婚約解消後も全く変化がない私とロベルトの関係性が異常なのである。
友達は大事にしろと、前世の偉い人もお兄様も、何か皆そう言っている。
私としてもあまり多くない友達と気まずくなってしまうのは、出来れば避けたかった。
「お前も知っているだろう。僕は頭がいい」
「うん。知ってるよ」
「僕なら、より良いアイデアを提供できるはずだ」
きっぱりと言い切った彼に、思わず笑ってしまった。
やれやれ、お人よしもここまで来ると立派なものだ。
私が笑っているものだから照れくさくなったのか、彼が顔を赤くする。そしてそれを隠すように、つんとそっぽを向いた。
「お前に頼られるのは、悪くない。僕たちは、親友……なんだろう?」
「はは」
態度と裏腹に、やはり私を甘やかすようなことを言うアイザック。
また笑ってしまうと今度は機嫌を損ねたようで、じろりとレンズ越しに睨まれた。
「さすが親友。愛してるよ、ハニー」
「…………」
ご機嫌取りにウインクを投げてやったのに、無視された。
さすが、私のおふざけにはもう慣れっこなのだろう。
アイザックに別れを告げて、リチャードのところに戻る。
リチャードが私の肩越しに、歩いていくアイザックの背中を眺めていた。
「……で、あれ誰」
そう言われて、リチャードに紹介しないうちにアイザックを帰してしまったことに気づいた。
まぁ、いいか。リチャードを見せびらかして歩くのが目的だしな。
「私の親友」
「親友?」
リチャードが目を見開いた。
何だ。私に友達がいちゃ悪いのか。
「アンタ、男女の友情とか信じてんの? その感じで?」
「友情に性別は関係ないだろ」
「いやいやいやいや」
大げさに右手をぶんぶん横に振るリチャード。
そして、あっと大きく口を開いた。
「ほら! オレのこと睨んでるって!!」
「はぁ?」
言われて振り向くが、アイザックはこちらに背を向けて歩いているだけだ。被害妄想が過ぎる。
「歩いてるだけだろ。ほら、次行くぞ」
「絶対睨んでたって……」
「睨むわけないだろ。そもそも嘘だってバレたし」
「だから無理あるって言ったんだよ……」
リチャードががっくりと肩を落とす。
そんなことを言われただろうか? 言われても遂行することは決まっていたので、気に留めなかったのかもしれない。
「ていうかやっぱりアイツもアンタに気があるんじゃないの……偽物かどうか気にするなんて」
「いや、どうせ偽物なら僕にしろって、そう言われただけだから」
「……アンタそのうち絶対刺されるからな」
「大丈夫だ」
すっかり尻込みしている彼と肩を組んで、背中を叩いてやった。
そして、耳元で囁く。
「うまくやるやり方、教えてもらったからさ」





