9.もっと、「うまくやる」必要がある
モブどれ書籍版⑤巻、コミカライズ②巻、そしてアクスタが7/16に発売になりました!!
やった~!! やんややんや!! これも皆様の応援のおかげです、本当にありがとうございます!
お祝いと応援へのお礼で小話を書きました。活動報告にUPしていますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。ただ今回男女逆転IFみたいなアレなので、苦手な方は無理をなさらず。
帯付きの表紙画像やアクスタの写真もUPしていますので、合わせてご覧いただけると嬉しいです!
引き続きどうぞよろしくお願いします!
城内に入ったところで、見慣れた藍色の髪の眼鏡を発見する。
「やぁ、アイザック」
「バートン」
呼びかけに応じてこちらを振り向いたアイザックが私を一瞥し、続いて一歩後ろのリチャードに視線を向けた。
「……そちらは?」
「ああ、紹介するよ」
目配せをして、リチャードに隣に並ぶように合図する。渋々ながら隣に来たのを確認してから、手のひらで彼を指し示した。
「彼はリチャード。私の婚約者」
「どうも。リチャード・ヴィルヘルムだ」
そう言いながら、リチャードが右手をアイザックに差し出す。
アイザックはリチャードの右手を見て、彼の顔を見て……握手には、応じなかった。
はてどうしたのかと思っていると、アイザックが眼鏡キャラ定番のモーションでもって眼鏡の位置をクイッと直す。
ああやって眼鏡を直していると、たまに眼鏡のレンズが反射して表情が読めなくなる。
あれは漫画やアニメの演出であって実際にはそうそう反射などしないだろうと思っていたのだが……いや、ここがゲームの世界だから、なのか?
「バートン」
アイザックが私を呼んだ。そして何やら手招きをしてくる。
何かと寄っていくと、リチャードから数メートル離れたところで呆れたようにため息をつかれた。
「それで?」
「え?」
「どうしてこんな嘘をつくことになったんだ」
じろりと眼鏡の奥から三白眼で私を睨むアイザック。
何故最初から嘘だと決めつけてかかるのか。
まだ名前を名乗っただけである。嘘だと断じる要素などなかったはずだ。
北の国の巫女神子ツインズもそうだが、人を疑ってばかりいては人生は豊かにならない。何事にも信じる心が必要だ。況や親友の台詞をや、である。
信じる友と書いて信友ではないのか。
「いやいや、嘘じゃないぞアイザック」
「嘘でないなら何の冗談だ」
笑顔を浮かべて誤魔化そうとしたが、ばっさりダメ出しされた。
どうにも嘘だとバレているらしく、少しも本物の婚約者だとは思っていないようだ。
諦めて、降参だよと両手を挙げる。
「あーあ、何でわかったんだ?」
「分かるに決まっているだろう」
私の問いかけに、アイザックは至極当然のように言い切った。
はて。割と嘘や出まかせは得意だと思っていたのだが……いったいどこからバレたのか。
「何年一緒にいると思っている」
「え?」
「ずっとお前を見てきた。このくらいの嘘、見抜けないでどうする」
彼の言葉に、目を瞬く。
確かにアイザックとの付き合いも丸3年になろうとしている。
私がエリザベス・バートンになってからだいたい11年として、そのうちの3年と思えばなかなかの期間だ。
一瞬「もう11年も経ったのか」といらないところに気がついて戦慄したが、それはそれとして。時が経つのは早い。光陰矢の如しとはこのことか。知らんけど。
私の嘘は両親やお兄様、侍女長あたりにはすぐにバレてしまう。
正直それも何故バレているのか具体的な原理は説明できないのだが、付き合いが長いと何かしら、読み取れるものがあるのだろう。
アイザックは頭がいい。私の行動パターンくらい読めてしまっても無理はないのかもしれなかった。
「明らかに恋人同士の距離感ではなかったしな」
アイザックがそう付け加えた。
恋愛事に疎そうな彼がそんなことを言うとは、意外だ。
……いや、そうか。アイザックはまだ家庭教師への初恋を引きずっているんだったな。
多少はそういった機微にも理解があるということか。
だが、距離感か。
あまり意識していなかったが、名乗っただけでバレてしまうようではかなりの問題があると言わざるを得ない。調整の必要がありそうだ。
思案する私を尻目に、アイザックがまたため息をつく。
「やるならもっとうまくやれ。すぐにバレるぞ」
「ロベルトにはバレなかったよ」
「それはロベルトだからだ」
何だろう、ものすごく説得力があった。
「恋愛事に疎そう選手権」があれば1位はロベルトだろう。その場合僅差で2位がアイザックだと思っていたのだが、意外と2人の間には開きがあったようだ。
なお、「チョロそう選手権」ではロベルトが堂々の1位、リリアが2位である。
顎に手を当てて、一体どこで間違えたのだろうかとアイザックに声を掛けてからの一連の流れを思い浮かべる。
だが、ごく普通の流れだったはずだ。距離感、と言われてもぴんとこない。
「そんなに分かるものかな」
「当たり前だ。お前とあの男の距離感は――僕や、ロベルトとのそれと大差ない」
「君たちと?」
「お前にとってそれは、友人の距離感、なんだろう」
アイザックの言葉に、目を瞬く。
それは確かにそうかもしれない、と思った。気心の知れた友人の距離感――いや、アイザックやロベルトと比べれば付き合いが浅いので、それよりやや遠いくらいの感覚だ。
そもそも私と彼が互いに婚約者であると名乗って、それを周囲が事実だと認識していれば十分だと思っていたのだ。
だが考えてみれば、北の国の姫巫女様たちは私の「将来を誓った相手」の存在を疑っている可能性がある。
そこにいかにもなその場しのぎの偽物を出してしまっては、何を言われるか分かったものではない。
確かにアイザックの言う通り――もっと、「うまくやる」必要があるだろう。
だがそこで目下、問題があった。
婚約者同士の距離感、というものへの理解がそもそも怪しい点である。
過去数年間にわたって婚約者がいた経験はあれど、そのロベルトとの距離感では違うとダメ出しを食らっているのが現状だ。
本物でダメなのはどういう了見だ。
仮にロベルトとの婚約が継続していたとしてもダメだと言われているんじゃないのか、それは。





