7.「…………何、アレ」「さぁ?」
「こん、やくしゃ」
「ああ」
「…………」
ロベルトが私の言葉を反芻してから、押し黙った。
疑われているのかと思ったが、私が黒と言ったらシロイルカでも黒だと言いそうなロベルトである。それはないだろう。
ロベルトはしばらく無言で突っ立っていた。
そして突然歩き出したかと思えば、腰に佩いていた模造剣を抜くと、リチャードと対峙し構えを取る。
「剣を抜け」
「え?」
「俺と勝負しろ!!」
「は??」
リチャードがぽかんと口を開け放した。
ロベルトの顔を見て、構えた剣を見る。そして私に近づいて、耳打ちしてきた。
「…………何、アレ」
「さぁ?」
問いかけられても、私にだって分からない。
ロベルトは時折私の予想をはるかに超えたことをしでかす。それもたいてい悪い方向に。
分からないなりに、一応思考を開始する。
ロベルトはリチャードに手合わせを申し込んでいる。
前にマーティンの話をしたときにも、ぜひ勝負してみたいと言っていた。そういえばリリアが転入してきた当初も、「リリア嬢は何の武術を極めているのか」とかわくわくした顔で問いかけていた気がする。
さてはこの男、私の知り合いは全員腕が立つと思い込んでいるのでは。類友理論である。
強い相手と見るや勝負を挑まずにはいられないのか、お前は。週刊少年ジャ〇プは十三の師団長だけで十分なのだが。
ロベルトが真剣な顔でリチャードを睨んでいるので、やれやれとため息をついた。
「まぁ、相手してやれば?」
「簡単に言うんじゃねぇ」
文句を言っているリチャードに、模造剣を持たせて送り出す。
嫌々ながらに彼が剣を構えたのを確認してから試合開始の合図を出してやったものの、勝負は一瞬だった。
ぶっ飛ばされたリチャードの身体が宙を舞い、放り投げられた雑巾のようにべしゃりと地面に墜落する。
いや、うん。
予想はしていた。
リチャード、さして強くはないのだ。
この強さで王女付きの騎士をしていたのは、彼の特殊な出自による部分が大きいのだろう。
対するロベルトは、ついつい忘れがちではあるが攻略対象。作中最強とかいうチートじみた肩書があるフィッシャー先生を別にすれば、一番剣術が得意なキャラクターだ。
加えて何故だか脳筋ナイズされている。モブに毛が生えた程度の準レギュラーキャラクターが勝てるはずがない。
「どうした! そんなものか! 立て!」
「その辺で勘弁してやれ」
誰の悪影響か鬼教官じみたことを言っているロベルトの肩に手を置いて、宥めにかかる。
ロベルトがぐりんと勢いよく首を回して、こちらを振り向いた。
「隊長! 俺、勝ちました!」
「え? ああ、そうだな」
それは見たら分かるが。
ふんふんと鼻息も荒く迫ってくるロベルトに、何を当たり前のことを言っているのだろうかと首を捻る。
そしてはたと思い至った。
「リチャードとやってもつまらないだろ。私が代わりに相手をしよう」
てっきり私とも手合わせがしたいという主旨だと思ってそう言ったのだが……途端に、ロベルトの表情が曇る。
あれ。違うのか。
いつもやたら手合わせしたがるし、やってやると喜ぶのに。
ロベルトはわずかに唇を噛み締めながら、俯いた。
「か、庇うんですか。その、男を」
「庇う?」
「そんなに、大事なんですか?」
「聞け」
どうにも会話が嚙み合っていない。
別に庇っているつもりはないし、大事でもない……のだが、婚約者のフリをしているのだ。そんなことを馬鹿正直に言うわけにもいかない。
普段なら「手合わせ」と聞いた途端に「散歩」と言われた犬のように尻尾を振ってキラキラした目で大喜びするだろうロベルトが、今日は様子が違った。
神妙な面持ちで、剣を構え直す。
そして射抜くような鋭い視線でまっすぐに私を見据え――やけに落ち着いた声で、言った。
「手合わせ、願います」





