4.眼鏡をかけていそうなその声
私はこれまで、同年代の貴族の女の子と触れ合う機会に乏しかった。
侍女への接近禁止令を出されてからというもの、家では私の身の回りのことは侍女長と執事見習いがやっていたし、訓練場は男子校みたいな様相だった。
街で出会う女性たちは、若い子も大人もみんな私のことをちやほやしながらも、騎士様として一線を引いた扱いをしてくれていたと思う。
それが、どうだ。
入学式が終わって教室に入った途端、私はご令嬢たちに取り囲まれていた。
ちなみに、入学式の学園長先生のお話はそこそこ長く、そこそこ退屈だった。あまり有能な学園長ではないのかもしれない。
ご令嬢の勢いに面食らったが、ここで動揺していてはナンパな騎士様は務まらない。白い歯を見せながら、営業スマイルを顔に貼り付ける。
「やぁ、初めまして。レディたち」
きゃあ、と、女の子たちから黄色い声が上がる。打てば響くようだ。
「あ、あの、お名前は?」
「ご趣味は?」
「婚約者はおいでですか?」
「甘いものはお好き?」
わっと浴びせかけられた質問に、私の気分も盛り上がった。
これだ。これがモテというやつだ。
ご令嬢たちに落ち着いてと手で示しながらも、順番に質問に答えようと口を開いた、その時。
「煩いぞ」
後ろから迷惑そうな声がして、私の言葉を遮った。
やたらと硬質で、眼鏡をかけていそうなその声に、聞き覚えがある。
振り向くとそこには、予想通りアイザックが立っていた。
8歳の時会った彼と同一人物とは思えないほど大人びた雰囲気で、鼻筋がすっと通った涼やかな目元が眩しい美男子である。
……いや。正直に言えば8年も前に一度会ったきりの男の子のことなど詳細に覚えていないので、本当に雰囲気の話なのだが。スチルもなかったし。
もうゲーム開始が一年後に迫っているだけあって、ロベルト同様、彼もゲームの立ち絵とよく似ている。
赤褐色の瞳に、トレードマークの銀縁の眼鏡。藍色と言った方がしっくりくるような青味がかった黒髪は、センター分けでパツンと切りそろえられていて、長い後ろ髪を紐で結えている。
はて。
ゲームの中の彼は、パツンとしたおかっぱでこそあったが、肩ぐらいの長さだったはずだ。
ゲームとの違いに、私は首を捻る。まぁ、人間なのだから髪が伸びることは当然だ。これから髪を切るのかもしれないな。
「ここには勉強をしにきているはずだ。他人の迷惑となる行為は慎みたまえ」
「貴方、ギルフォード伯爵家の……」
「それが何か? 学園内では身分によって行動の制限を設けることはあってはならないと説明されたばかりのはずだ」
アイザックが冷たく言い放つ。ご令嬢たちは不満そうだ。やれやれ、女の子を不快にさせて放っておくようでは、ナンパ系の名が廃るというものだ。
「まぁまぁ。ほら、先生も来たみたいだから、お話はまた後で、ね?」
するりとアイザックとご令嬢の間に割って入って、ご令嬢たちにウインクを投げる。また小さく上がる黄色い声が聞こえ、私は心の中でガッツポーズをした。





