4.「あれ、私の婚約者」
あくる日、私は学園に足を運んでいた。
天下一武道会の後、北の国で種々様々なトラブルに巻き込まれている間に学園の期末テストは終わってしまった。
学園らしいイベントと言えばあとは卒業式を残すばかりで、3年生は自由登校になっている。
これはうっかり期末テストを免除してくれるのではないかと思っていたのだが、世の中はそんなに甘くなかった。
普通に追試を申し渡された。
完全に一夜漬けで挑むことになったが、まぁなるようにしかならないだろう。
努力でどうにかできることとできないことが世の中にはあるし、得意なことと不得意なことというのが人間にはあるものだ。
私にとって勉強は圧倒的に後者である。
最悪の場合先生に頼み込んだら赤点でも追加の課題か何かで見逃してもらえないだろうか。
魔女騒動の時、怪我を治してやったわけだし。リリアが。
試験を終えて帰ろうとしたところ、後姿だけでも誰だか分かるくらいに見慣れた美少女を見つけた。
何だか背中が丸まっている気がするが、とりあえず声をかける。
「リリア」
「…………」
無視された。
聞こえなかったのだろうか。いや今絶対に肩が動いた。これはわざと無視しているとしか思えない。
友達を無視するとか、それが主人公のすることだろうか。
「あら、バートン様」
リリアの正面に回り込もうかと思ったところで、クラスのご令嬢に声をかけられる。
現友の会の会長だ。
「お加減はもうよろしいのですか?」
「うん、心配してくれてありがとう」
にこやかに微笑んでそう返すと、彼女はほっと胸を撫でおろした。
私が北の国で怨霊退治に興じていたことを知っているのは一部の人間だけで、実際は雪崩に巻き込まれて北の国に流れ着き、そこで怪我が癒えるまで療養していたことになっている。
集団記憶喪失の説明が面倒だった大人たちの考えた措置である。
まぁその方がいいだろう。みんながみんな怨霊の存在を信じるとも思えないしな。
「あの、バートン様。一つ、お伺いしてもよろしいかしら」
「何かな?」
「ば、バートン様が、西の国から来た騎士の方と、とても親しげなご様子だったと」
「ああ」
彼女の言葉に頷く。
リチャードを呼び止めたのは王城だったし、誰かが見ていてもおかしくない。
その後普通に家に招いたことだって、ご近所さんなら気づくこともあるだろう。
「あれ、私の婚約者」
「…………え?」
「……なんて言ったら、寂しがってくれるかな?」
ぱちんとウインクを投げた。
ぽっと会長の顔が真っ赤に染まる。
熱でも出たかのようにふらついた彼女の肩を支えてやる。あくあくと口を開け閉めした後で、会長は慌てた口調で言った。
「も、もう! バートン様ったら!」
「はは、ごめん。可愛い反応してくれるから、嬉しくて」
街の女の子から「お財布からお金抜かれても許しちゃいそう」と評判の軽薄スマイルを添えて謝ると、会長はきゅっと唇を噛み締めた。
そして真っ赤になった頬を両手で包んで、ほぅと息をつく。
やはり打てば響くというか、こうして一挙手一投足に狙った反応を返してくれるのは好ましい。
内心でうんうんと腕組みをして頷いていると、呼吸が整ったらしい会長がちらりと私を見上げた。
「でも、あの方は一体――」
「ごめんね、リリアに用事なんだ」
そう言って手を振りながら、その場を後にする。
問いかけにはあえて答えなかった。想像の余地を残すためだ。
よし。これで「エリザベス・バートンに婚約者が?」という布石を一つ、打つことが出来ただろう。





