3.王族が嬉々として鞄持ちをするな
自称隊員たちを伴って出来るだけ素早く校舎裏に移動した私は、あたりに人影がないことを確認すると、ぎろりと彼らを睨みつけた。
「……貴様ら。ここをどこだと思っている」
「は! 学園です!」
いちばんに元気よくお返事したのはロベルトだった。
ここ数年で驚くほど背が伸びた彼は、今や靴込みの私とほとんど同じ身長だ。
確かゲーム時点では185センチを超えていたはずなので、まだ伸びるのだろう。羨ましい限りだ。
鳶色の髪に、若草色の瞳、男らしく精悍な顔つき。本人なのだから当然だが、攻略対象として登場するロベルトと瓜二つだ。
M字バングでもウルフカットでもない髪型と、妙に生き生きした表情を除けば。
図体ばかりでかくなったが、相も変わらずキラキラした眼差しで尊敬のビームを飛ばしつつ、私の鞄を恭しく捧げ持っている。
いや、王族が嬉々として鞄持ちをするな。返せ。
「隊長が今日学園にご入学なさると、グリード教官が教えて下さったんです!」
「学園でも隊長とご一緒できるとは……光栄至極です!」
余計なことを。いずれはバレたことだろうが、グリード教官への恨みの念を抑えられない。
皺が寄った眉間を揉みながら、ため息とともに告げる。
「……いいか、貴様ら。学園では私のことを隊長と呼ぶな」
「ええ!?」
「何故ですか隊長!!!!」
「何でもへちまもあるか!」
入学早々、貴族の子息にしてはガタイの良い上級生と同級生を従えて、王族に鞄持ちをさせる人物、果たしてご令嬢たちが近づきたがるだろうか?
否。答えは否である。
怖がられて遠巻きにされるのが目に見えている。
私は主人公が転入してくる2年生までに、女子にモテモテのナンパな優男枠に収まっていなければいけないのだ。
怖がられている時間はない。それは避けなければ。
「だいたい、私は一度だって隊長と呼んでいいと言った覚えはない!」
「だ、だって隊長は隊長で……」
「俺たちバートン隊で……」
おろおろしだす候補生たち。こちらが「何故」と問いたい気分である。
「そもそも、そのバートン隊とやらもお前たちが勝手に言い出したことで、正式なものではない」
「え?」
「あれ?」
「そうなんでしたっけ??」
「でも、教官たちも言ってたような……」
自称隊員たちは目を丸くして顔を見合わせている。私も初めのうちは都度否定していたのだが、最近は面倒になってそのまま放置していた。
そして他の教官たちもその呼び方を使うものだから、皆の中では当たり前に存在するものとして定着してしまったらしい。
その結果がこの集団幻覚だ。
私にも責任の一端は……いや、ないな。ない。繰り返すが、私はそんな隊を率いるつもりはないのだ。
「騎士を志す者ならば、時と場所を弁えろ。隊長呼びは禁止だ! それから学園ではお互い、対等な生徒同士だ。過度に私に謙るような態度もやめろ」
「そ、そんな!!!」
「あんまりです!!!」
「俺たちは隊長のことをこんなに尊敬しているのに!」
「隊長!」
「隊長!!!」
「ええいうるさいぞ蛆虫ども! まとわりつくな!」
縋りついてくる候補生たちを一気に吹き飛ばす。
「隊長と呼ぶな! 普通に接しろ! これは命令だ。何度も言わせるなよ!」
「隊長以外に何とお呼びしたらいいんですか!!!」
「そんなもの、他の知人を呼ぶように呼べばいいだろう!」
「恐れ多くて出来ません!!」
「せ、せめてバートン様と!!」
「お前たちを淑女に教育した覚えはないぞ」
候補生同士のやり取りを見ていても、基本的に互いを苗字か名前で呼び捨てにしているらしいことは知っている。
私だけ様付けされていたらおかしな目で見られること請け合いだ。
あと身分から言っても、ロベルトに様付けされる筋合いはない。
とにかく隊長と呼ばないことを約束させたはいいものの、審議の結果「バートン卿」という、なんとも大仰な呼び方に落ち着いてしまった。
頼むからもっと普通に呼んでほしい。
前途多難だ。





