35.「では何故僕は殴られたんだ」「????」(リリア視点)
かくかくしかじか、ここまでの事情をアイザック様に説明します。
と言っても乙女ゲームのことは話せないので、そのあたりはフワッとさせて誤魔化しつつ、みんながエリ様のことを忘れてしまっていること、それは北の国の悪霊的なサムシングのせいだということをかいつまんで話しました。
アイザック様は神妙な顔で眉間に皺を寄せて、くいっと眼鏡の位置を直します。
「あまりに非科学的だ。にわかには信じがたい。……と言いたいところだが、そういった超常的な力でも働かない限り、僕がバートンのことを忘れるなどありえない」
「お、俺だって! 隊長のことを忘れるなんて、そんな」
「ていうか、『聖女の祈り』があるんですから、そのへんはもう『ある』体でいいじゃないですか」
たいへん眼鏡キャラらしい台詞だとは思いますが、そこで科学的がどうのこうの言っていると話が進みません。
使っているわたしですら「そういうものなので」以上に説明のしようがないのです。
ロイラバ2は割とファンタジー色が強めでしたし、諦めて受け入れてもろて。
一旦受け入れたらしいアイザック様が、眉間に皺を寄せたままで、言います。
「だが、それと国宝に何の関係があるんだ」
「国宝っていうか、聖剣なんですけど」
言いながら、握りしめていたナイフをアイザック様に見せます。
何てことはない、ごく普通のナイフです。
よく見ると刃のところが少しだけ、色が濃い気がしますけど……それだけです。
「このナイフ、エリ様が西の国で買ったお土産ですよね」
「先ほど光っていたのはこれか」
アイザック様がまじまじとナイフを眺めます。
持ち主のロベルト殿下はもちろん、わたしもアイザック様も、このナイフを見たことがありました。
エリ様が西の国で買ったものですが、最終的にお土産を欲しがるロベルト殿下に譲ってあげたのです。
そういえばあの時、アイザック様は瓶底眼鏡をもらってましたけど、あれはどうしたんでしょう。
……この人のことだから、たとえジョークグッズでも大事にしまってありそうな気がしました。
アイザック様の視線に続きを促されたので、話を続けます。
「ロベルト殿下を殴った時、これが光って……ロベルト殿下はエリ様のことを思い出した」
わたしの言葉に、ロベルト殿下が頷きます。
「アイザック様を殴った時も、これが光った。そうしたら、」
「バートンのことを、思い出した……?」
アイザック様の言葉に、頷きます。
それは紛れもない、事実でした。
そしてわたしには、さらにもうひとつ、知っていることがありました。
「わたし、これと似たもの、西の国で見たんです」
手に握ったナイフに、聖女の祈りを込めます。
そうすると、刃の部分がほんの少しだけ……目を凝らすとやっと分かるくらいに、うっすら、ぼんやり、光を帯び始めます。
「これは、……」
「仄かに……光っている?」
そう。聖女の祈りに反応して、気のせいかな?と思うくらいに、かろうじて……蓄光のおもちゃくらいに、光る剣。
それをわたしは、見たことがありました。
「この光りかた、西の国にあった、聖剣と同じなんです」
手元のナイフに視線を落とします。
エリ様が西の国のダンジョンで引っこ抜いて、最終的には元あったところに戻してきた聖剣。
エリ様でも適当に振り回すのがやっとなくらい重たいだけの……あとは薄ぼんやり、かろうじて、わずかに……蓄光のおもちゃくらいに光るだけの剣。
あれと、同じなのです。
「多分、エリ様のことを思い出させるには、認識阻害を解く必要があって。このナイフが鍵なんだと思うんですよ」
「魔女が使うという魔法か」
魔女と聖女、実際には同じものですけど……その認識でいいと思います。
つまり悪霊に取り憑かれたという北の国の聖女は、魔女化した状態にあるとも言い換えられそうです。
「前にエリ様、このナイフでわたしの渾身の『聖女の祈り』を真っ二つにしてるんです」
あの時のことを思い出します。
エリ様がレイちゃんに……魔女に操られて連れ去られそうになったときのこと。
ロベルト殿下がエリ様と戦って、その隙をついて、エリ様に聖女の祈りを掛けようとしたのです。
遠隔で聖女の祈りを放つなんて初めてでしたし、必死でした。全身全霊を集中させて、ありったけをこめて。
普通に怪我人を治すときとは比べ物にならないくらい強い力を注ぎ込んだそれを、このナイフは切り伏せた。
そんな芸当出来るのか、とか、さすがエリ様、とか。そんなふうに思いましたけど……違ったんです。
それが出来たのは、エリ様が馬鹿強いからじゃなくて……いえ、それもあるのかもしれませんけど、それだけじゃなくて……このナイフが、聖女の祈りを吸収したからこそ、起きたことなのではないか。
それが、わたしの推測でした。
「あの時このナイフに蓄えられた聖女の力が、わたしから漏れ出た聖女の祈りをトリガーに、解放されたんじゃないか、と」
「それのおかげで、僕とロベルトに記憶が戻った、と?」
アイザック様の言葉に、頷きます。
今回わたしはロベルト殿下を殴りつけるとき、殺すくらいの気持ちでやりました。
別に腕力が強いわけでもないですけど、わたしなりの全力で、本気で。
今世のわたしは、大聖女です。だいぶ制御は効くようになってきましたけど、パッシブスキルの魅了は普段から割と垂れ流しです。
だからわたしが何かをするときは、どうしても、聖女の力とは切り離せない。
本気で他のことに集中していれば尚更です。
ナイフが一瞬激しく光ったのは、わたしの聖女の力に反応して……蓄えられた力が解き放たれたから、だとすれば。
「この刃に使われてる金属に、そういう効果があるんじゃないかと。だから、これのもっとすごい版っぽい聖剣さえあれば、みんなの記憶を戻せるんじゃないかって。でも、聖剣だし、あれすごく重くて勝手に持ってくるわけにも」
「待て」
本題に入ろうとするわたしに、アイザック様がストップをかけました。
何でしょう。ここからが具体的な対応の話なのですが。
「あのナイフに、聖女の力が蓄えられていたと言ったな」
「? はい」
「では何故僕は殴られたんだ」
「????」
アイザック様の言葉に首を捻ります。
何故、と言われても。
ロベルト殿下はそれで治りましたし、エリ様はショック療法とか言ってましたし、おすし。
「聖女の祈りと、そのナイフに宿った力が必要ならば、殴らなくても記憶は戻るはずだろう」
「…………あれ??????」
そう、言われてみれば。
別に殴らなくてもいいような気がしてきた、ような。
アイザック様は殴られ損の気がしてきた、ような。





