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モブ同然の悪役令嬢に転生したので男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う)  作者: 岡崎マサムネ
第2部 第7章 天下一武道会編

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33.狙うのは、顎か、鼻。(リリア視点)

「なに、忘れてるんですか、ほんとに」


 ぼすんと、苛立ち紛れに拳をぶつけます。

 腹筋硬すぎませんか。お腹にゼ◯シィでも入れているのかと思うレベルです。


 力のない自分の拳を見下ろして、思い出しました。

 拳を作る時に、親指を中に握り込んではいけないと、エリ様に教わったのを。


 何でも殴った時の衝撃で、親指を骨折するからだとか。

 骨折するような勢いで殴りたくないんですけど。とドン引きするわたしに、エリ様は言ったのです。


 「そもそも君がちょっと殴ったぐらいでは誰も怪我しないんだから、殺すつもりくらいでちょうどいい」と。


「……リリア嬢。君の言う通り、なのかもしれない」


 拳を握ります。

 小指から順番に折り曲げて、きっちりと力を入れて握りしめました。


 そして最後に、人差し指にふたをするように、中指の方に向かって押しつけるように親指を曲げて、固定します。

 確かにさっきまでより、固く握れた気がする、ような。


「ずっと、ずっと。胸に何かがつかえたような。……いや、胸に穴が空いたような、そんな心地がするんだ」


 殴るのではなく、突くようなイメージだと、エリ様は言っていました。

 拳を突き刺すように、腕と手首と、拳が一直線になるように放つのだと。


「俺には大切なものがあったはずなんだ。そのために俺は、強くなりたくて、騎士に、憧れて」


 狙うのは、顎か、鼻。服に隠れていない分、分かりやすくて狙いやすいから。

 人体の真ん中には急所が集中しているそうで、少ない力で最大限の効果を得られるのだとか。


 でも、結局は当たれば何でもいいのだと、エリ様は言いました。

 威嚇でいいのです。


 一目散に逃げて、それでも捕まってしまったら。

 とにかくなりふり構わず、抵抗するしかない。


 わたしに酷いことをすると痛い思いをするぞと分からせて、相手の動きを、判断を、遅らせる。

 逃げるための隙を作る。それが大事なのだと、エリ様は言いました。


 ――そうしているうちに、きっと助けが来るよ。


 エリ様の台詞に……「助けに行くよ」じゃないところがエリ様らしいなぁと、その時は思ったのです。


 でも、違ったんですね。

 きっと、これは。

 助けが来るとか、来ないとかじゃなくて。

 そう信じて、自分を奮い立たせるための……自分が折れないための、一撃。


「君は知っているのか? 俺が何を、忘れてしまったのか」


 知っているか?

 わたしが? エリ様のことを?

 ……そんなもの。


「知ってるに、決まってるでしょーがっ!!!!」


 思いっきり、ロベルト殿下の顔面に全身全霊の、聖女パンチをお見舞いします。


 ロベルト殿下は、避けませんでした。

 ぐしゃり、という、ものすごく嫌な手応えがありました。


 他人様を、しかも顔面を殴ったのなんて初めてで、その感触と衝撃に言葉を失います。

 手が痛いです。めちゃくちゃ痛いです。骨とか折れてるんじゃないでしょうか、これは。


 殴った方も心が痛い、とか言いますけども。心とかじゃなくて普通に手が痛いです。

 心へのダメージもなかなかのものですけども。この手応え、トラウマになりそうです。


 同じく衝撃の表情でわたしを見下ろすロベルト殿下。

 拳の形に赤くなった顔と彼の鼻から垂れる血を見て、もう心底、二度とやりたくない、と思った、その瞬間。


 彼の懐から、ぱっと青白い光が放たれました。


 あまりの眩しさに、咄嗟に目を瞑ります。

 その光は、次に目を開いた時にはなくなっていましたが……今度は別の異変に気がつきました。


 ロベルト殿下の鼻血が、きれいさっぱりなくなっていたのです。

 それどころか殴られたせいで赤くなっていたところも、すっかり元通りです。


「え?」


 ロベルト殿下も違和感に気づいたようです。

 自分の顔に触れて、そして懐に手を突っ込みます。

 光は、たしかにそこから放たれていました。


 彼は騎士団の制服の内ポケットを探って、何かを取り出します。

 それは、ナイフでした。


 わたしも見たことがあります。

 エリ様が西の国のお土産に、ロベルト殿下にあげたアレです。

 エリ様が魔女に操られた時、わたしの渾身の聖女の祈りビームを真っ二つにしたアレです。

 エリ様がこれで自分の太腿を突き刺して、我に返ったアレです。


「これ、」

「大切なもの、なんだ」


 わたしの問いかけを遮るように、ロベルト殿下が言いました。

 ナイフから彼に視線を移します。


 ロベルト殿下は、驚いたように目を見開いて……そして。

 大粒の涙を目に溜めていました。


「これは、俺の、宝物で」


 ぼろ、と、彼の瞳から涙がこぼれ落ちます。

 涙は、彼の手のひらの上のナイフに落ちました。

 そのナイフは、うっすら、ぼんやり、光っている……ような。


「隊長に、いただいたんだ」


 ロベルト殿下が、そう呟きます。

 けれどわたしには、彼の言葉よりも気になることがあって、それどころではありません。


 わたしはどこかで、見たことがあるのです。

 こうやってほのかに、ほんとうにわずかに、気のせいかな? くらいに光る何かを。

 まるで、そう。蓄光のおもちゃみたいな……。


「っ!?」


 ロベルト殿下が息を呑んで、ごしごしと袖で目元を擦りました。

 そして勢いよくわたしの肩を掴んで、食ってかかるように詰め寄ってきます。


 その衝撃で、わたしも思い出しました。

 そうだ。西の国だ。


「どういう、ことだ!? 俺が、隊長を忘れるなんて、そんな、」

「ロベルト殿下!」


 ロベルト殿下の言葉にかぶせるように、声を上げます。

 目を見開いて口をつぐんだロベルト殿下に向かって、高らかに宣言しました。


「行きますよ!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] せいじょ「エリ様を忘れるなんて!そんな大人修正してやる!せいじょぱーんち!」 げぼく1「これが若さか(涙きらり)」
[良い点] 続きが気になる! 楽しみ! [一言] 西の国の出来事はエリ様が結構関わってるからかな!?
[気になる点] リリアの「行きますよ!」って他の攻略対象者のとこ? 西の国とロベルトが思い出すきっかけとなったなんかの光ってどんな関係が? [一言] ロベルトォォォ!!!よく思い出してくれた! ほん…
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