32.ショック療法(リリア視点)
「リリア嬢?」
訓練場を訪れたわたしは、ロベルト殿下の前に立っていました。
ロベルト殿下は相変わらずぽかんとした、のんきな顔をしています。
わたしからしたら、このまま……エリ様のことをみんなが忘れたままの方が、ライバルが減って都合がいいんじゃないか、とか。
そう思ったりする気持ちは、やっぱりないではないですけど。
でも、エリ様が言ったのです。思い出してほしいって。任せたって。
それに何より、この世界のやり口が気に入りません。
エリ様がこの世界で過ごしてきた18年。それをなかったとにしようとする、このやり口が。
エリ様が、わたしのために積み上げてきた10年。それをなかったことにしようとする、このやり口が。
もちろんエリ様の努力であって、頑張ったのは私じゃないですけど……エリ様がわたしのためにしてくれたことです。
それってつまり、エリ様からわたしへの、プレゼントみたいなもので。
それを勝手になかったことにされて、たまるものかと。そういう気持ちが、わたしにはありました。
出来るのかとか、分かりませんけど。
でも帰ってきたエリ様に、胸を張って、「どうだ」って、「頑張りましたよ」って、言いたいのです。
そのために……どうすればいいか。
とりあえず一番チョロそうなロベルト殿下からなんとか出来ないかと、半ば実験のような気持ちで来てみた、のですが。
やっぱり具体的にどうすればいいのか、ピンときていませんでした。
とりあえず聖女の祈りとか、かけてみたらいいんでしょうか? もとからめちゃくちゃ元気そうですけど……
ロベルト殿下はしばらくわたしを眺めた後で、不思議そうに首を捻りました。
「具合はどうだ? 先日は、様子がおかしかったが」
「…………」
「……いや、違うな」
わたしが何かを言う前に、ロベルト殿下が首を横に振りました。
眉間に皺が寄っていて、そうしているとゲームのロベルトと似ている、というか、同一人物なのを思い出します。
エリ様といる時はいつもこう……悩みごととかなさそうな顔をしているので忘れていましたけど。
ロベルト殿下は少し考えるような……ロベルト殿下、考えるとか言う機能、実装されていたんですね……素振りをしたあとで、やや困惑したように言います。
「この前もそうだ。君の顔を見ると何かを、聞かなくてはと思うんだが……それが何か、思い出せない」
「!」
その言葉に、彼の顔を見上げます。
もしかして……すべてを忘れている、わけではないのでしょうか。
思えば当たり前です。だってロベルト殿下がこんなことになっているのは、エリ様の影響のはずで。
エリ様がいなければ今だって、俺様ツンデレ系M字バングをやっていたはずで。
脳筋ツーブロックになった彼が訓練場にいる。そのすべて、エリ様抜きでは説明できないことのはずです。
何かしらで他の理由をこじつけても……どこかに、歪みが出る。違和感が出る。
動物的な感性を持つ今のロベルト殿下なら、それに気づいているということも、あり得るのでは。
それなら、きっかけさえ……ヒントさえあれば。
思い出せる、のかも。
何か、何か、ないのでしょうか。
そう考えて、ふと、エリ様の言葉を思い出します。
そうです。ショック療法。
「聖女パンチ!」
「は???」
わたしの繰り出したパンチを、ロベルト殿下がひらりとかわしました。
何故避けるのでしょう。卑怯では。
男らしくない、とかいうと昨今怒られちゃいますけど、騎士道的に敵に背を見せるのはOKなんでしょうか。
「ど、どうした、リリア嬢」
「聖女チョップ!!」
「???」
今度はチョップを繰り出しました。
さっと身体を傾けて、チョップもかわされてしまいます。
「何だ、何がしたいんだ?」
「避けないでください!」
言って、また聖女パンチを放ちます。
今度は、避けませんでした。
ぼすん、と、わたしの拳がロベルト殿下のお腹のあたりに着地します。
彼は不思議そうに目を瞬きながら、わたしを見下ろしていました。
そうです。この人にはわたしのパンチなんて、痛くも痒くもないのです。
わたしがエリ様だったら、違ったんでしょうけど。
この拳には、何の力もない。
ショック療法になるほどのインパクトが、ここにはないのです。
「なんで、あなたは訓練場にいるんですか」
「え?」
ぼす。
再び、拳をぶつけます。
ロベルト殿下は戸惑ったような声を出しましたが、急かすようにまた拳をぶつけてやると、話し始めました。
「それは、騎士に、憧れて」
「なんで騎士に憧れたんですか」
「それは、……強く、なりたくて」
「なんで強くなりたいんですか」
ロベルト殿下が黙りました。
答えに困っているようでした。
わたしは知ってますよ。
この人が誰に憧れてここにいて、どうして騎士になりたくて、……どうして、強くなりたいのか。





