31.任されましたよ、エリ様。(リリア視点)
「巫女様に……こっちでは聖女のことをそう呼ぶらしいんだけど。悪い気が憑いてるとか言われて。半信半疑だったけど、それを祓われた途端に意識がクリアになった。レイの認識阻害が解けた時の感覚と同じだ」
認識阻害、というのは、魅了の上位互換です。聖女の力の一つです。
実際にかかったことのあるエリ様が言うんだから、きっと間違いないんでしょう。
今起きているエリ様関連の諸々が、悪霊に取り憑かれた聖女の……魔女の力によるものだとすれば、わたしとレイちゃんに効果がなかったのにも頷けます。
聖女同士では、魅了も認識阻害も効果がない。
フグが自分の毒で死なないのと同じです。
「手紙も送ってみたけど、届いてないだろ? 巫女様は悪霊に取り憑かれた巫女の暴走って言ってたけど。そこにもう一つ、世界の強制力が乗っかって、私をそっちに帰らせないように何らかの力が働いてるんだろうってのが私の見解。たとえば」
「エリ様のことを、みんなが、忘れたり?」
わたしの言葉に、エリ様が頷きます。
ライバルが減るのは大歓迎ですけど、肝心のエリ様が帰って来られないなら意味がありません。
世界の強制力がけしかけた、悪霊。
それをどうにかしないかぎり、状況は改善しない。つまりはそういうことなのでしょう。
「まぁ、こっちはこっちで何とかするから。そっちのことは任せたよ」
「任せるって!?」
さてどうするかと考えていたところで、まるで作戦会議終了、とでも言うようにエリ様が締めくくりました。
めちゃくちゃ雑な丸投げを喰らった気がしますが、さすがに気のせいですよね?
え、自分の命運もかかってるんですよね、エリ様???
「え、エリ様? 今、わたしはいったい、どのような何を任せられてるんでしょうか??」
「だから、そっちで何となくいい感じに、よしなにやっておいて」
「いい感じに!? よしなに!?」
具体性が皆無でした。
それはつまり丸投げということなのでは??
いつもと変わらない、普段通りの……「宿題見せて」とか頼む時と同じようなけろりとした顔で言うエリ様。
その顔を見て、何となく俯きました。
じっと、自分の手を見ます。
聖女の力はあります。でも、具体的にどうすればいいのか、分かりません。
だってエリ様がいなかったら、わたしには、他に誰もいないんです。
攻略対象たちの好感度も初期値どころか、むしろエリ様を巡って火花を散らしてきたことでマイナスに振れてるんじゃないかと思うくらいで。
そもそも、こうして夢に出てきて頼むなら、わたしじゃなくたっていいはずです。
権力が必要なら王太子殿下に頼むべきで、力が必要ならロベルト殿下に頼むべきで。
知恵が必要ならアイザック様に頼むべきで、家族のことが心配ならクリスくんに頼むべきで。
エリ様は、どうして。
「どうして、わたしに」
「どうしてって」
思わずこぼしたわたしに、エリ様が呆れたような声を出しました。
そして、当たり前のように、言います。
「君が私を選んだんだろ。そのくらい、責任取ってくれよ」
当たり前のように、言って、くれたのです。
「私の主人公は、君しかいないんだから」
きゅっと喉の奥がしょっぱくなりました。
泣かないように、唇を引き結びます。
顔を上げて、エリ様を見つめました。
そうですよ。わたしは、この人のためなら。
わたしならできるって、当たり前みたいに言ってくれる、この人のためなら。
何でもしたいって、そう思ったから、今ここにいるのです。
「一応、これから他の人のところも回るつもりだけど。君の話を聞くに付け、覚えているのは君とレイだけだろうね」
エリ様がそう言って肩を竦めました。
そして、ふっと真剣な顔をして……私を見つめます。
ブルーグレーの瞳が少しだけ、揺れたような気がしました。
「君まで忘れてしまわないでくれよ」
その言葉に、小さく息を飲みました。
何ができるかは、まだ、分かりませんけど。
それだけは、わたしに任せてください。
「何言ってるんですか! わたしがエリ様のこと、忘れるわけないじゃないですか! なんたってエリ様のことだいすきですからね!」
「ああ、そう」
当たり前だと言わんばかりに胸を張って言えば、エリ様がふっと、口元を緩めます。
わたしの願望かもしれませんけど……ちょっとだけ、安心したような顔に、見えました。
そしてちらりと後ろを振り返り、一度頷きました。
今日はおそらくそこに、悪い気を祓ってくれた巫女さんとやらがいるのでしょう。
今エリ様と話しているこの夢も、きっとその巫女さんの力によるものなのでしょう。
この世界にはそもそも、聖女の力以外には魔法的なもの、ないですから。
だからってエリ様、その巫女さんといい感じになるとか、ダメですからね。絶対ダメですからね。
これはフリじゃないですからね。
こちらに向き直ったエリ様が、口を開きます。
「出来たら……私が帰るまでに、一人でも多くの人が思い出していてくれたら、嬉しいかな」
「ど、どうすれば」
「知らない。ショック療法とか? よく分からないんだけど、その方が私が帰れる可能性も高くなるらしいし」
それに、とエリ様が言葉を切って、目を伏せます。
「せっかく戻っても……誰も私のことを覚えていなかったら、寂しいだろ」
「わたしだけじゃ足りないっていうんですか!?」
「君だって私に帰ってきてほしいだろ?」
わざといつもの調子で食ってかかってみると、エリ様もいつもの調子で、余裕たっぷりに笑ってくれました。
わたしもつられて笑います。
そして、言いました。
「待ってますからね、エリ様」
「うん」
エリ様は、わたしの言葉に頷きます。
いつもみたいな、それでいて、最高にかっこいい、不敵な笑みを浮かべていました。
「任せた」
ぱち、と目が開きます。
見慣れた自宅の、寝室の天井です。
天井に向かって手を伸ばして、そして、拳を握りました。
任されましたよ、エリ様。





