30.一宿一飯の恩義(リリア視点)
「そういえば、前に言ってたよね。レイがロイラバ2で『幻惑の魔女』になったのは、悪霊か何かに取り憑かれたからじゃないかって」
「言いました、っけ?」
エリ様の言葉に首を捻ります。
言われてみれば、そんなことを言ったかもしれません。
レイちゃんがロイラバ2の幻惑の魔女だとして、エリ様に誑かされなかったはずの原作グレイシアはどうして「男に捨てられた恨み」を持ってるのか、みたいな流れでしたっけ。
でもそんなの、心当たりのない相手を恨むなんて悪霊に取り憑かれたか、前世の因縁か。
そのどっちかしか思い浮かばなかったからそう言っただけで。
完全に当てずっぽというか、適当というか。
その場のノリだったので、あんまりはっきりは覚えていませんでした。
が。
「あれ、当たりかも」
「え?」
「さすが主人公」
「え??」
エリ様が何故かわたしを称賛しました。
まったく意に染まないタイミングでした。
当たりってことは、……悪霊、見たのでしょうか、エリ様。
一瞬思い浮かべそうになって、慌てて頭を振って思考を追い出します。
どうしましょう。猛烈に目を覚ましたくなってきました。
でも起きて金縛りとかもっと嫌です。それよりは夢の中の方がエリ様と一緒な分数倍マシです。
「北の国では、先代の王様が聖女と結婚したみたいで。お姫様曰く、子どもにもその力が一部受け継がれたらしい。それで今、聖女の力が一番強い王族が、君のいうところの悪霊に身体を乗っ取られてる」
「あ、悪霊、ですか」
「うん。実際のところは何なのか分からないけど、まぁ便宜上」
エリ様が適当な調子で言いました。
便宜上、がついただけで、悪霊の怖さが半減した気がします。
「で、でも、ロイラバ2は4年後ですよ? 今からそんなに悪霊が大暴れしてるのはおかしいんじゃ」
「それこそ、ヨウと同じなんじゃないかと思うんだ」
ヨウと、同じ。
その言葉に、この世界のヨウのことを思い出します。
原作とは異なる時期に、無理矢理捩じ込まれるように転入してきたヨウ。
エリ様を攻略対象から脱落させるために……この世界機構によって対エリ様ナイズされて送り込まれた、イレギュラー。
つまり、今回も……諸悪の根源は北の国でも、悪霊でもなくて……この、乙女ゲームを取り巻く、世界の理。
「ヨウがあんな感じに改悪されたの、世界の強制力のせいだって言ってただろ? 今回も、そういう世界が元に……乙女ゲームとしてあるべき姿に戻ろうとする力が起こした現象なんじゃないか?」
エリ様のその考えには、納得できる部分がありました。
だって、乙女ゲームがあるべき姿に戻ろうとするなら……一番取り除かなくてはならない存在は、エリ様です。
だってゲームには存在しないはずなのに……攻略対象のポジションに収まった上で、わたしに選ばれてしまった存在です。
ヨウの時と同じように、エリ様を何らかの形で排除しようとしても、おかしくありません。
「その証拠に……私、思ってなかったんだよ。『帰りたい』って」
「え?」
目をぱちくりさせるわたしに、エリ様が軽く肩を竦めて続けます。
「普段の私なら何をおいても、どんな手を使ってもそっちに帰ろうとするはずだ。なのにのんびりこの村で一宿一飯の恩義、とかなんとか。らしくないだろ。恩義よりも自分の利益を優先するのが私のはずだ」
言っている内容はとんでもないのですが、その主張は妙にしっくりきました。
エリ様の行動力を考えたら、少しの間集落でお世話になることはあっても、吹雪が少し弱まったらすぐにこちらに帰ってくるはずです。
アウトドア派のくせに、出張を嫌がって就職先を選ぶくらいにお家が大好きなエリ様です。公爵家が、お兄様が大好きなエリ様です。
一宿一飯なんて放り出してさっさと帰ってくる方が「らしい」なって、わたしもそう思ってしまいました。
よくよく考えてみれば、さっきの「公爵令嬢」の件もそうです。
確かに言い方は悪かったでしょうけど、「雪山」で「ディアグランツ王国」の「公爵令嬢」が行方不明、と言われたら、他の人はつゆ知らず、少なくともエリ様本人は少しくらい「あれ? もしかして?」と思ったってよさそうなものです。
でも、そうではなかった。エリ様は自分が探されていると思わなかった。
エリ様が本気で帰りたいと思っていたら、自分が探されていると気づいていたら、もっとずっと早く、エリ様はこっちに帰ってきていたはず。
今とは状況が、大きく違ったことでしょう。
「その考えに至らなかったのは……この世界が私を、乙女ゲームから除外しようとしていたからだ」
考えてみれば、簡単なことです。
エリ様自身、自分でどんどん世界も未来もねじ曲げて切り開いてしまう人ですから。
エリ様をちゃんと足止めしてゲームの土俵から分断しておかないと、ゲームから弾き出すなんてできっこない。
きっと普段は、私が常にべったりだから手が出せなかったのでしょう。
それが今回、物理的にわたしとエリ様の距離が遠ざかった。
乙女ゲームの舞台の「外」にエリ様が出てきた。
そこをチャンスと見て、世界の強制力が総力戦を挑んできたと。
きっと、それが真相なのでしょう。





