29.一昔前の週刊少年漫画の読み切り(リリア視点)
「雪崩に巻き込まれて、北の国側に流されて。何とか見つけた洞窟でビバークしてたんだけど」
「生命力カンストしてるんですか?」
「吹雪が強くて何日も出られなくて。お腹が空いてもうこの際土でも食べるかと思っていたところを、近くの小さな集落の人に見つけてもらったんだ」
エリ様の背景が洞窟チックだったので、まさかまだその雪山に……と思ったところ、違ったらしくほっとしました。
よかった、そのピンチからは脱してるんですね。
いくら空腹でも「土を食べる」がワンチャン選択肢にあったことには驚きなんですけども。
エリ様、本当にわたしと同じ現代日本から転生してきた人なんでしょうか。時々疑わしくなります。
「そこでまぁ、助けてもらったお礼にって、その村でしばらくお世話になりつつ、吹雪が弱まったタイミングなんかは公爵令嬢探しも手伝ったりとかしてて」
「はぁ」
「そうしたら、そこの村に盗賊の残党が現れて。ほら、雪崩の前に私たちが討伐に行ってたあれの生き残りが、略奪目当てで村を襲いに来てさ」
何でしょう。
だんだんどこかで聞いたことあるような話になってきたような。
「ここは一宿一飯の恩義を返すべきだろうと返り討ちにしてやったんだけど」
「一昔前の週刊少年漫画の読み切り始めるのやめてもらっていいですか?!」
思わず壁に向かってツッコミを入れてしまいました。
腹ペコで倒れていたのを助けてもらったところから始まる週刊少年漫画、今パッと思い浮かべただけで10個くらいある気がします。
ここは乙女ゲームの世界なので週刊少年漫画を持ち込むのはやめてほしいです。
十三の師団長さんのこと世界観ブレイクとか言ってましたけど、これだとエリ様も五十歩百歩の世界観だと思います。
今のブームは追放なのでせめてそっちに乗っかって欲しかったです。
わたしたちはエリ様を追放してませんけども。何なら取り合ってたレベルなんですけども。
エリ様はふうとため息をついた後で、わたしのツッコミなどなかったかのように話を続けました。
「その盗賊から助けた人の中に、北の国のお姫様がいてさ」
「はぁ!?」
「この雪山の中に神殿があって、そこに用事があって来てたみたいなんだけ」
「う、浮気者ぉお!!!!!!!!」
どぱぁ、と両目から涙がこぼれ落ちました。
さっきまでは何とかウルウルで堪えていたのに、それが堰を切ったように溢れてしまって、文字通り滂沱状態です。
壁をどんどん叩きながらエリ様に詰め寄ります。
「うわ、何急に、怖」
「エリ様のばか、浮気者! 尻軽! 足軽!」
「足軽は貶してないよ」
「わ、わたしがこんなに、こんなに心配してるのに! エリ様はそっちでそのお姫様とイチャイチャしてるんだ! ひどい! あァアんまりだァア!!!!」
「落ち着け」
嗜められますが、これが落ち着いていられるでしょうか。
わたしががっかりしてめそめそして、折れそうになりながらも一生懸命シリアスしている間にエリ様、よその国の女とちちくりあってたなんて。
これは許せません。直訴です。勝訴です。
「イチャイチャとかしてないから」
「そんなこと言って! 助けたお礼に姫と結婚、みたいな、どうせそういう一昔前のRPGみたいなことする気なんでしょう!!」
「しません」
「どうせその女の方がおっぱいおっきくてお金持ちなんだ!!! 結婚すると王様からゴールドとアイテムもらえたりするんだ!!!」
「RPGから離れろ」
エリ様がやれやれと首を振ります。
勝手にRPGを持ち込んできたのはエリ様の方なのでそちらが離れて欲しいくらいです。
ここは恋愛SLGの世界なのに。乙女ゲームなのに。
「リリア」
エリ様がわたしの名前を呼びます。
つんとそっぽを向いたままでいるわたしの横顔に、エリ様が語りかけます。
「お姫様の胸が大きかろうと、アイテムをもらえようと関係ないだろ。今私が話してるのは君だよ」
「…………」
「君にしか頼めないことがあるんだ」
「わ、わたしに、しか?」
「うん」
思わず聞き返したわたしの言葉を、エリ様が肯定します。
そろりと視線を戻せば、エリ様は真面目な顔で、わたしをじっと見つめていました。
「次に行こうと思ったって言ったけど……本当は、君と話したかった」
「え、」
「だから、今日繋がってよかった。顔を見られて安心したよ」
ふ、と微笑むエリ様。
その表情に、どきりと胸が高鳴ります。
も、もう、エリ様ったら!
何だかんだ言って、わたしのこと好きですよね、エリ様も!
「ゲームの設定も絡んでくる話だからね。君が一番手っ取り早い」
「……………」
そうでした。
こういう人でしたよ、エリ様は。





